岡山四聖人の一人、留岡幸助(1864〜1934年)が創設した、男子児童自立支援施設「北海道家庭学校」(北海道遠軽町)内に6日、同町立の小中学校の分校が開校した。児童福祉法改正(97年)により義務教育導入が義務付けられたことによるも。北海道新聞が伝えた。
同校は1914年(大正3年)、富岡が同地にあった国有林約1000ヘクタールを内務省から買い上げ、すでに東京・巣鴨に設置していた家庭学校の分校として開設された。生徒のいる小規模の寮舎に職員家族がともに住み込む小舎家族制を取っており、酪農作業や畑仕事、園芸や木工など労働体験を重視したキリスト教精神に基づく矯正教育に取り組んでいる。
同紙によれば、同校内に開校した分校の名称は「望(のぞみ)の丘分校」。同校の生徒で小学6年から中学3年までの11人が対象となる。これまでは義務教育に準ずる教育として、同校職員や外部講師が授業を行ってきたが、今後は同町教委の教職員14人が授業を行う。
6人兄妹の次男として生まれ、生後まもなく富岡家の養子となった富岡は、子ども同士の喧嘩が原因で養父から厳しい折檻を受け家出。教会に逃げ込み、18歳のときに洗礼を受ける。同志社英学校の神学科に入学し、新島襄の影響を受ける。卒業後は牧師、教誨師となり、米国へ留学し感化院(現在の児童自立支援施設)教育を学び、その実践に努めた。
日本救世軍の創立者である山室軍平、日本で初めて孤児院を創設した石井十次、岡山博愛会病院の創立者で、米国人宣教師のアリス・ペティ・アダムスとともに岡山四聖人の一人と称されている。