2021年に取引先の複数の金融機関に計100億ドル(約1兆5600億円)余りの損失を与え、証券詐欺など計11の罪で起訴されていた米投資会社「アルケゴス・キャピタル・マネジメント」の創業者で、クリスチャン投資家として知られる韓国系米国人のビル・ファン氏(60)が10日、ニューヨークの連邦地裁で有罪評決を受けた。
AP通信(英語)によると、ファン氏は、不正利益取得、証券詐欺、市場操作、通信詐欺など計11の罪のうち10で有罪となった。1つの銘柄に適用された市場操作の罪については無罪となったものの、残りの全ての罪で有罪となったことで、残りの人生を刑務所で過ごす可能性がある。この他、アルケゴス社で最高財務責任者(CFO)を務めていたパトリック・ハリガン氏も、共謀、証券詐欺、通信詐欺で有罪となった。
ファン氏の弁護士は裁判で、ファン氏はリスクを取る積極的な投資家であり、うまくいくと思った銘柄に投資していたと主張。一方、検察側は、ファン氏とその共謀者らが公開有価証券の価格を違法に操作し、世界的な大手投資銀行や証券会社を欺き、複雑なデリバティブ(金融派生商品)と融資手法を使って、自身のポートフォリオ(資産の組み合わせ)を、100億ドルから1600億ドル(約25兆円)に拡大するスキームに関与したと主張していた。
ダミアン・ウィリアムズ連邦検事は評決を受け、ファン氏らが、アルケゴス社の各金融機関におけるポジションと、投資銀行が会社の信用力を判断する際に使用する他のあらゆる重要な指標についてうそをついていたとし、それによって「15億ドル(約2300億円)のポートフォリオが、360億ドル(約5兆6300億円)に不正に膨れ上がり得たのです」と語った。
22年にファン氏を逮捕した際の記者会見においても、ウィリアムズ氏は、ファン氏の行為を「金融システム全体を危うくするところだった」と強く非難。「バブルが崩壊し、(株などの)価格が下落し、数十億ドルの資本がほぼ一夜にして蒸発したのです」と述べていた。
ファン氏は21年、10日間で計100億ドル余りの損失を取引先の金融機関に与えた。これに伴い、野村ホールディングスやクレディ・スイス、UBSグループ、モルガン・スタンレーなどの大手金融機関は株価にも影響を受け、世界市場全体で約千億ドル(約15兆6千億円)が消失したとされる。
ファン氏は12年には、インサイダー取引により1760万ドル(約27億円)の利益を不正に得たとして起訴され、4400万ドル(約68億円)の罰金を支払った過去がある。一方、今回の巨額損失については、12年の事件とは異なり、悪意のない投資の失敗によるものとする声もあった。
伝説的なヘッジファンド運用者で、投資家としてのファン氏の師に当たるジュリアン・ロバートソン氏は当時、「今回のことは恐らく誰にでも起こり得ることです」と指摘。ファン氏が「立ち直ることを望みます」と述べ、インサイダー取引などではないことを強調していた。
「本当に良い人間がひどい間違いを犯しました。事業上の誤りであり、自身が他の誰よりもひどく傷付いたはずです。銀行やそういった類いから金を奪ったとかそういう話ではありません」
アルケゴス社は、富裕層家族の資産運用や税務、法手続きなどを手がける「ファミリーオフィス」と呼ばれる形態の個人ファンド。ファン氏の家族財産を株式投資などによって増やし、キリスト教関係の宣教団体や慈善団体への寄付も行っていた。社名の「アルケゴス」は、ギリシア語で「先に立つ指導者」を意味し、イエス・キリストを指す言葉として、新約聖書の使徒言行録3章15節と5章31節、ヘブライ人への手紙2章10節と12章2節の計4カ所で用いられている。
牧師家庭出身のファン氏は、スマホアプリ「聴くドラマ聖書」の制作を手がけた日本G&M文化財団の米国法人であるグレース・アンド・マーシー財団の創設者。米フラー神学校の理事なども務め、同校や米聖書博物館など、さまざまな福音派キリスト教団体の大口献金者として知られていた。
ファン氏の量刑は、10月28日に言い渡される予定。