・・・イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。そして彼らの目の前で御姿が変わった。・・・また、エリヤが、モーセとともに現われ、彼らはイエスと語り合っていた。すると、ペテロが口出ししてイエスに言った。「・・・私たちが、幕屋を三つ造ります。・・・」・・・「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい。」という声がした。・・・イエスだけで、そこにはもはやだれも見えなかった。(マルコの福音書9章2節〜8節)
今日の聖書箇所は、イエスがガリラヤ湖周辺での病の癒し、悪霊の追放、5千人の給食などの御業を現わされた場面から、救い主として十字架へと向かって歩み始められる転換点となる場面で、伝道の折り返し地点と言えるものです。12弟子の中からペテロとヤコブとヨハネを伴って山に登られました。イエスはしばしば重要な奥義とも言うべきものを現わされるとき、この3人の弟子を特に選んで連れて行かれました。
山上でイエスの姿が白く輝き、さらにモーセとエリヤが共に現われ、イエスと語り始められました。モーセは律法の代表であり、エリヤは預言者の代表です。そしてイエスは、旧約聖書を表現するときに「律法と預言者」という表現をしていますから、彼らは旧約を代表する存在です。
この光景に弟子たちは驚きますが、急に雲が皆を覆い、神の声が聞こえます。そして、雲がなくなると、イエスの他には誰も見えなかったのでした。
この箇所に描かれている二つの出来事を通して、一つの重要な事実を学びましょう。
1.目移りする人間
山でイエスがこの世のものとは思われない御姿へと変貌し、律法を与えたモーセと預言者エリヤが現われ、弟子たちは驚きパニック状態になりました。そして、神を礼拝する幕屋を三つ造ると言ったのです。
それは明らかに行き過ぎた発言でした。エジプトからの脱出後、40年間荒野をさまよったとき、神が共におられることを現わす臨在の場であり、礼拝の場所が幕屋でしたが、神を礼拝する場所は三つも必要はありません。
あまりの光景に気が動転し、目移りするばかりで落ち着きのない人間の姿が、確かにここに描かれています。
2.イエス・キリストだけが特別
弟子たちが戸惑う中で、雲が弟子たちを覆い、神ご自身の声が響きます。「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい。」
私たちにとって決定的な存在はイエスであり、イエスの語る言葉を聞くべきなのです。モーセもエリヤも旧約の偉大な人物ですが、拝むべきものは一つでよいのです。
弟子たちは、良いものに目移りし、迷いやすい私たち人間の姿の象徴です。私たちの好奇心に任せる信仰ではなく、イエスだけが私たちの人生を変える救い主であると認めよと神の言葉が語っていることに心を留めましょう。
モーセとエリヤは確かに旧約の時代の英雄でしたが、彼らも神によって用いられた人に過ぎません。彼らの語った通り、神の時が今まさに満ち、イエス・キリストによる十字架の救いが人々に現わされようとしていたのです。
弟子たちは目が開かれ、雲が晴れてみると自分たちと一緒にいる神の救い主はイエスだけなのだと分かったのです。そしてここからイエスは一直線に十字架へ向けて歩んで行かれます。
3.イエス・キリストの臨在に与(あずか)る
この二つの出来事から、一つの重要な事実を受け止めましょう。それは、イエスだけが神の臨在であり、礼拝すべきお方であり、共にいて下さる救い主だということです。
私たちは神の臨在を受け止めましょう。癒しの礼拝は、ただ病が癒される現象を求めているのではなく、大切なのは、イエス・キリストが今ここに共におられることです。
人間であっても、その人が共にいるだけで雰囲気が明るくなるという人がいるのです。ならば、イエスが臨在されるとき、必ず神の御業は現わされるのです。
神を意識し、神について学ぶことではなく、神の臨在と共に生きるのがクリスチャンであり、クリスチャンの信仰生活です。
そして、キリストの癒しを通してキリストの臨在を体験しましょう。いつまでも信仰生活を他人事のままで終わらせてはだめです。私たち自身が主の御臨在を受け止めましょう。
あなたのがんばりや人間的な力だけに頼る、神の臨在のない信仰生活に陥らないように。いつどこにいても主の臨在に触れましょう。主イエス・キリストの臨在の中に全ての恵みがあります。
主イエス・キリストが共におられる臨在の中に癒しが与えられます。癒し主キリストに期待して祈っていきましょう。
万代栄嗣(まんだい・えいじ)
松山福音センターの牧師として、全国各地、そして海外へと飛び回る多忙な毎日。そのなかでも宗教を超えた各種講演を積極的に行っている。国内では松山を中心に、福岡、鹿児島、東京、神戸、広島、高松にて主任牧師として活動中。キリスト教界のなかでも、新進気鋭の牧師・伝道者として、注目の的。各種講演会では、牧師としての人間観、ノイローゼのカウンセリングの経験、留学体験などを土台に、真に満足できる生き方の秘訣について、大胆に語り続けている。講演内容も、自己啓発、生きがい論、目標設定、人間関係など多岐にわたる。
また、自らがリーダー、そしてボーカルを務める『がんばるばんど』の活動を通し、人生に対する前向きで積極的な姿勢を歌によって伝え続け、幅広い年齢層に支持されている。
国外では、インド、東南アジア、ブラジル等を中心に伝道活動や、神学校の教師として活躍している。