ピアニストでカトリック信者のフジコ・ヘミング(本名:ゲオルギー・ヘミング・イングリット・フジコ)さんが4月21日未明、死去した。92歳だった。
フジコ・ヘミング財団の発表によると、昨年11月に自宅で転倒。復帰を目指して治療とリハビリに励んでいたが、今年3月にはすい臓がんと診断され、療養を続けていた。葬儀は近親者のみで既に執り行っており、「とても美しく穏やかな表情」で「神の御許に旅立」ったという。
父であるスウェーデン人画家・建築家のジョスタ・ゲオルギー・ヘミングさんと、母である日本人ピアニストの大月投網子さんのもと、ドイツの首都ベルリンで生まれる。5歳で日本に移住し、母の指導の下でピアノを始めた。しかしその後、太平洋戦争開戦直前に父がスウェーデンに帰国。母と共に苦しい生活を送ることになる。
それでも早くから才能を開花させ、青山学院高等部在学中の17歳の時、デビューコンサートを行う。東京音楽学校(現東京芸術大学)在学中には多数の賞を受賞し、28歳でベルリン音楽学校(現ベルリン芸術大学)に留学。欧州でピアニストとしてのキャリアを積むが、大切な演奏会直前に風邪をこじらせ一時聴力を失ってしまう。失意の中、スウェーデンの首都ストックホルムに移住。耳の治療の傍ら、ピアノ教師をしつつ欧州各地で演奏活動を続けた。
母の死をきっかけに、日本に帰国。1999年、その半生を取り上げたNHKのドキュメンタリー番組が大反響を呼び、同年発売したアルバム「奇蹟(きせき)のカンパネラ」は200万枚を超える大ヒットを記録した。その後も昨年11月に転倒によるけがをするまで、国内外で精力的に演奏活動を行っていた。
フジコさんはこれまで、インタビューなどでカトリック信者であることを公言している。フジコさんの友人で、パリ在住の画家であるトモコ・カザマ・オベールさんのコラム「巴里(パリ)通信」によると、フジコさんは1980年代にベルリンでカトリックの洗礼を受けた。
トモコさんが「人間として、ピアニストとして一番大事にしていること」を尋ねると、フジコさんは「私は80年代、ベルリンでカトリックの洗礼を受けたので、それに答えるため、いつも自分を正しい生き方、清らかな生き方ができるように心がけている。そのために人間は『生』を神さまから頂いていると思う」と話したという。
2019年に行われたインタビューでは、東京に住んでいた幼少期に、当時明治神宮近くにあったという「バプテスト原宿教会」の日曜学校に通っていたこともあったと話している。また、このインタビューでは、神様の存在を「いつも感じました」と言い、「(ピアノを)弾いている最中でもいつでも祈ります」などと話している。
フジコ・ヘミング財団によると、現在「お別れ会」の開催を検討しており、詳細は後日発表するという。