昨日あんなに喜んでいたのに、朝起きたらどん底の気分になることがあります。自分の気持ちは心の状態を表しているので、それを大切に受け止めてあげることは必要です。自分の気持ちを無視していたとしたら、人の気持ちも分からなくなるし、心は壊れてしまいます。しかし同時に、いちいち気分に左右されていては、このせわしない世界を生きていくことは困難です。
人と状況は変えられなくても、自分の心はコントロールすることができます。まず、過ぎ去ったことに対してきっちとピリオドを打つことです。日本語的に表現したら「。」をつけることです。
確かに、そうしなかった方がよかったかもしれませんし、あんなこと言わなければよかったかもしれません。また、やらなかったことに対して、「あの時、こうしておけばよかったのに!」と後悔したくなりますが、後悔しても、何も始まりません。
私は後悔を教訓に変えたら、直ちに強制終了します。「それは終わったことだ!」と。そうすると、気持ちはその決断に従ってくれて、気分転換できるものです。私は元々、誰よりも気分転換が苦手です。失敗をクヨクヨし、人や状況を責めやすい性質を持っています。
しかし、終わったことなら、それをクヨクヨしたり、責めても仕方ありません。次に失敗しないように教訓として、直ちに忘れて前に進みたいものです。
「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです」(ピリピ3:13、14)
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