難病治療のため聖路加(せいるか)国際病院(東京都中央区)に通院していた女性が、病院でチャプレンをしていた牧師から性被害を受けた事件で、加害者である牧師の側に立ち女性をおとしめる内容の声明によって2次被害を受けたとして女性が起こした訴訟の第1回口頭弁論が16日、東京地裁(大寄麻代裁判長)であった。
女性はこの訴訟で、声明に関わった牧師3人と、声明を掲載したキリスト新聞、クリスチャン新聞の両発行元を提訴。慰謝料など計330万円の損害賠償のほか、謝罪文の公表などを求めている。声明は「この事件は、真面目に患者に寄り添ってきたチャプレンが無実の罪を着せられたもの」とした上で、女性がチャプレンの牧師に対し一方的な要求や愛憎などの強い感情をぶつけたと示唆する内容を含んでいた。そのため女性は、名誉毀損に当たると主張している。
第1回口頭弁論で被告側は請求棄却などを要求
16日午後から行われた第1回口頭弁論には、女性の代理人弁護士のほか、キリスト新聞、クリスチャン新聞の両発行元の代理人弁護士が出廷。牧師3人は、女性牧師2人が共通の代理人弁護士を立て、男性牧師1人が別の代理人弁護士を立てていたが、それぞれ意見書や答弁書を提出するのみで、代理人弁護士、本人のいずれも出廷しなかった。
女性の代理人である神原元(かんばら・はじめ)弁護士によると、被告側は今回、訴状に対する具体的な主張には踏み込まず、原告である女性の請求棄却などを要求。具体的な主張は、4月19日に予定されている次回期日以降になる見込み。
第1回口頭弁論の後には、参議院議員会館で記者会見を兼ねた院内集会が行われ、女性と神原氏、また女性を支援する「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」の山口幸夫代表らが出席。この他、元ジャニーズJr.の性被害者で、昨年12月に子どもに対する性暴力根絶を求めて活動する「ワニズアクション」を立ち上げた中村一也氏と飯田恭平氏、ネット上の誹謗中傷抑止に取り組むNPO法人ビリオンビーの森山史海(みか)理事長らも出席した。
性被害告発者への誹謗中傷は「重大な人権侵害」
院内集会では神原氏が訴訟の概要を説明した後、第1回口頭弁論で読み上げることのできなかった意見陳述書を女性が朗読。チャプレンの牧師を訴えた訴訟で性加害が認定され、賠償命令が出ていることや、声明を巡る今回の訴訟に至った経緯、女性がこれまで受けてきた2次被害について説明。また、声明を含め一連の2次加害の背景には、仲間同士で隠蔽(いんぺい)しかばい合う構造的な問題があると指摘。性被害を告発した人への誹謗中傷は、「被害者の尊厳を脅かし、社会的制裁や心の傷を再度与える」とし、性被害の告発自体を躊躇(ちゅうちょ)させることにつながる重大な人権侵害だと訴えた。
声明については、「被害を告発した私は、嘘(うそ)をついているなどとした根拠のない誹謗中傷」だと主張。キリスト新聞は、チャプレンの牧師を提訴した際、取材していながらそれも報じず、声明を掲載し続けたと指摘。クリスチャン新聞は、チャプレンの牧師に対する訴訟の判決が出たとき以外、女性に取材することなく、声明を掲載し続けたと訴えた。また、声明に関わった牧師3人はそれぞれ、大学教授や、伝統あるキリスト教女性団体の元業務執行理事、著作のあるカルト被害に取り組む牧師など、「社会的地位があり、影響力を持つ立場」にあることを話した。
山口氏は、「聖路加国際病院のチャプレンが性加害者であるはずがない」という「文化的ステレオタイプに由来するレイプ神話」が女性を苦しめてきたと指摘。「勇気を持って声を上げた被害者の声を排除し誹謗中傷するのではなく、声を上げた人を理解し、支援してほしい。そして、自分が被害を受けたらどう思うかという想像力を持ってほしい」と話した。その上で、「隠蔽や被害者への2次加害に加担した聖職者にも罰則を設けるなど、2次加害による人権侵害を根絶するための意識改革と組織変革が必要」と訴えた。
被害者の女性を孤立させる動き
3人による発言の後、集会の参加者それぞれが意見を交わす時間が持たれた。東京・強姦(ごうかん)救援センターの織田道子氏は、全国の600近い性暴力被害者支援団体が加盟するネットワーク内で、女性がチャプレンの牧師を訴えた訴訟に関する情報を共有したところ、否定的な反応があり、裁判の傍聴自体を妨げるような動きがあったことを紹介。「性暴力に関心を持っているとされている人たちの中で、そういうことがあったことは本当に残念」だとし、「こういうことが二度とあってほしくない」と話した。
また、性加害があったこと自体は認めても、ネットワーク内で被害者の女性を問題のある人物のように扱い、女性の支援に関与すべきでないとする状況があるとし、それが女性を孤立させていると指摘。明確な理由は分からないとしつつも、「被害者を選別する、事件を選別するような動きがあるような気がする」と話した。
これに対し、日本社会事業大学で特任准教授を務めていた山口氏も、災害支援や移民支援などでキリスト教関係者と共に活動してきた経験があるが、これまで行ってきた支援活動に比べると、反応が全く違うと吐露。「こんなに反応のない支援活動は初めてでびっくりしています」と言い、女性団体の間だけでなく、キリスト教界においても、女性を孤立させる状況があると話した。
元ジャニーズJr.の性被害者2人も発言
「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の発起人の一人でもある中村氏は、「お話を聞いて、(ジャニーズ問題と)すごく似ていると思うことがあった」と話し、被害の全容が解明されないまま、話が進められてしまう状況に言及。「何よりもこうやって声を上げていくことが大切ではないかと思っています」「後に続く人たちの土台になると思いますので、おつらいと思いますが、頑張ってほしいと思います」と話した。
現役グループ「Kis-My-Ft2(キスマイ)」の結成時のメンバーだった飯田氏は、昨年9月に初めて性被害を公表した経緯を説明。その上で「声を上げるには、それを受け取る人たち、当事者ではない聞く側の人たちが、受け入れてあげることが大切だと思います」と話し、被害者本人に投げかける一言がどれほど影響を与えるかなどを教える教育の重要性について語った。
2005年からネット上の誹謗中傷抑止に取り組む森山氏は、「誹謗中傷された人の心の痛みは想像を絶します」と話し、自身も最近、誹謗中傷の被害を受けたことを明かした。また、ネット上では瞬く間に情報が拡散し、一度ターゲットにされると、何千、何万という人々から批判されるとし、「誹謗中傷の怖さがあって声を挙げられない人はたくさんいます」と話した。
女性は本紙の取材に対し、「誰に働きかけても、共闘してくれる人がおらず、その状況を一緒に変えようとしてくれる人もいなく、孤立無縁の状況で、死を考える毎日です」と語った。
院内集会を主催した「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」は、女性の訴訟支援のほか、性暴力被害者支援の充実と2次加害を許さないための活動も行っており、X(旧ツイッター)やフェイスブックで情報発信をしている。また、活動のためのカンパも呼びかけており、郵便振替(00150・0・129926、オオシマシゲコ)で受け付けている。