この課題でも再三伝えているように、今、中東では奇跡的な証しとともに、記録的な数のイスラム教徒がキリスト教に改宗している。病院で半身不随になりながら、イエスと出会ったジャミラ姉妹の証しを紹介したい。
「私の運命は明らかでした。もう手遅れで、助かる見込みはありませんでした。私は死ぬことが決まっていて、なすすべがありませんでした。たとえ動くことができたとしても、治る見込みはなかったのです」
「多くの人が悲惨な戦争によって命を落としていったように、私も間もなく、シリアのデリゾールからこの世を去ることになる運命でした。もっとも私の場合、死の宣告をしたのはIS(イスラム国)ではなく、シリアで最も尊敬されている神経科医の一人バジル・フセイン医師でした。彼は私の家族に、避けることのできない絶望的な運命を説明しました」
「ダルヴィッシュ家の皆さんにこのニュースを伝えるのは酷だが、血管が破裂し、ジャミラは大規模な脳卒中に見舞われました。血圧の薬さえあればよかったが・・・」とドクターは切々と語った。
「医療品や処方箋が乏しく、ほとんどの人にとってそれらが高過ぎることは分かり切っている。しかし、ジャミラのケースは防げたことだ。しかし、物資が不足している現状のデリゾールでは、どうしようもない。ジャミラは右半身不随の上、昏睡状態が続いている。この状況からは、到底抜け出せるとは思えない。生命維持は極めて不安定だ。私の推測では、アッラーが介入しない限り、あと1日か2日しか、もたないかもしれない。こんなことを言うのは申し訳ないが、彼女の葬儀の準備を考えないといけないかもしれない」とドクターは悲しげに言った。
「病室の誰も気が付いていませんでしたが、私はドクターの言葉の一つ一つをはっきりと聞いていました。母や姉たちは、私の枕元で涙を流していました。私は話すことも動くこともできませんでした。私は一人、心の中で、自分の絶望的な状況に涙していました。孤独に押しつぶされそうだったのです」
「しかし突然、私は一人ではないことが分かりました。その時、病室の中がまばゆい光に包まれ、私のベッドの足元に一人の男性が立っていたのです。彼はこう言いました。『ジャミラ、私は、あなたが私を探し求めていることをよく知っている。私はイエスだ。ジャミラ、私はあなたが探し求めているイエスだ』」
「私は、極限的な状況の中で、夢うつつになりました。想像もできなかったことですが、イエスがそこに、私の部屋に立っていたのです! 私はイスラム教徒でしたが、イエスが誰であるか知っていました。コーランには、イエスのことが書かれています。また、シリアの内戦中に、イエスが人々に奇跡的に現れたという話もたくさん聞いていました。実際、以前生活が苦しかったとき、私は『イエスが訪ねてきてくれたらいいのに』と思ったことを覚えています。シリアは、内戦によって憎しみが渦巻いていました。でも、イエスは愛にあふれていると聞いていました。そして、その愛こそが、シリアには必要だったのです」
「イエスは、私が彼を求めていたことを明らかに知っていたようで、こう言いました。『ジャミラ、あなたが私を切望していたことを私はよく知っている。私はあなたの叫びを聞いた。私はここにいる。私は、私の栄光を現し、あなたを癒やすために来た』」
「私は、これは現実に起きていることなのか、薬のせいによる幻覚なのか、それとも自分は気が狂ったのかと考えました。するとイエス様が、私の麻痺している手に触れ、一瞬にして熱いものが全身に広がっていったのが分かりました」
「その時、母の叫び声が聞こえました。『バジル先生! ジャミラの手が動いたわ! 先生は見ましたか!』私は、母が私のベッドの横の椅子から飛び上がる音を聞いていました。バジル医師はベッドの横に立ち、私の家族と共に注意深く私の動きを観察していました。しかし、彼は懐疑的でした。そしてこう言ったのです。『私は彼女が動くのを見ませんでしたよ。本当に動いたのですか、ダルヴィッシュさん?』」
「ナースがモニターをチェックし、バジル医師が容態に改善の兆しがないことを家族に伝えているまさにその時、私は突然、イエス様に手を伸ばしたくなり、主を拝するために手を上げました。ベッドの足元にいるイエス様は、私に愛情を込めてほほ笑みかけていました」
「病室には、母の悲鳴が響き渡り、気絶して倒れる音が聞こえました。バジル医師は動転して叫びました。『女は、いったい誰の手をつかもうとしているのか?』長血の女がイエス様の衣の裾に触れたように、私もその時、イエス様に触れたいと切に願っていました。『イエス様なら、瞬時に私を癒やすことができる!』そう思ったのです。もちろんイエス様にはその力があります。しかし、主は私の全身を瞬時に癒やすことをせず、その都度、私の体の違う部分に触れてくださり、数日間をかけて徐々に癒やしてくださいました。主がそうしたのは、私が昏睡状態から抜け出したことは、奇跡ではなく単にバジル医師の誤診だと私の家族に誤解させないためだったと思います」
「手の次は右足でした。翌朝、幻の中で主が来られ、私の膝に指一本で触れてくださいました。すると、瞬時に麻痺がとれたのです。翌日、私は首と肩の可動域を完全に取り戻しました。まだ目が開かず、話すこともできませんでしたが、顔の筋肉も動くようになりました。しかしその翌日、家族全員が見守る中、私の目と口は開いたのです。イエス様が部屋からいなくなると、私は真上を向き、目は天井を見つめていました」
「私が最初に聞いた父の言葉は『アッラーフ・アクバル! アッラー・アクバル!』(アラビア語で「神は偉大なり」)でした。ところが、私の最初の言葉は『イエス様、イエス様! 私を置いていかないでください! 私はあなたを愛しています』だったのです」
「病室は、針が落ちる音も聞こえるほど静まり返りました。家族はショックを受け、私の言葉を理解することができませんでした」
「するとその時、耳をつんざくような爆発音がごう音を立てました。通りで起きた大爆発が沈黙を破ったのです。デリゾールで、平和は長続きしません。私が経験したような大きな奇跡があるかと思えば、その一方で、戦争の残酷な現実は休むことをしません。ユーフラテス川沿いには、コノコ社の巨大な石油施設もあるため、あらゆる勢力がこれを欲しがっています。イランもロシアも米国も、みんなそこに駐留しています」
「私たちの黒い歴史の中には、1915年のトルコ人によるアルメニア人の大虐殺があります。イスラム教がキリスト教に勝利したことを暴力で誇示したのです。そして、私が奇跡的に癒やされた当時、あの忌まわしいIS(イスラム国)が、暴虐の限りを尽くしていました。デリゾールは、殺りく、破壊、混乱が常態化していました。イエス様が私を癒やしてくださった後、戦争は悪化し、私の家族はシリアから逃れ、ヨルダンに脱出しました」
「ヨルダンのジェラシュの街並みは、デリゾールに似ているように見えました。難民は仕事がなく、時間を持て余すことがほとんどでした。しかし、私は使命に燃えていました。何とかしてイエス様を見つけたかった。私を癒やしてくださった方のことをもっと知りたいと思い、どこに行けばいいのか思い巡らしていました。もちろんそんなこと、家族にはオープンに話せません。家族は私の癒やしを、イエスではなくアッラーのおかげだと思っていたのです。しかし、私は癒やされた本人です。もちろん誰よりも真相を知っていました」
「そんなある日、ジェラシュの街の市場で、十字架のネックレスをした女性を見かけました。デリゾールでは十字架のネックレスをしていたら殺される危険性がありますが、ジェラシュでは大丈夫のようでした。私は十字架のネックレスをした彼女の後を追い、勇気を出して、彼女が野菜売り場でキュウリを選んでいるときに思い切って質問しました」
「『イエス様は、昏睡状態にあった私の麻痺を癒やしてくださいました』。そう伝えると、私の言葉は女性を驚かせたのが分かりました。ブルカを着た謎の女がイエスのことを話しているのです。『イエス様についてもっと詳しく知る方法をご存じですか? イスラム教徒の私には、学ぶべきことがたくさんあると思うのです。ああ、ごめんなさい、私の名前はジャミラです。あなたは?』」
「その女性はしばらく私を見つめた後、マリアと名乗りました。この時、私は無我夢中で声をかけたのですが、イエス様は、私を正しい人に導いてくださいました! 私の唐突でぎこちない自己紹介にもかかわらず、マリアは温かく、気さくに応じてくれました。それから2週間ほど、私たちはお茶を飲みながら親交を深め、仲良くなりました。私は彼女に、イエス様について思いつく限りの質問をしました。私はすでに、イエスが全てに優る権威を持ち、世の救い主であることを確信していましたが、同時に、過激なイスラム教徒の家庭にいながら信者になることが、何を意味するのかを知らなければなりませんでした」
「マリアは私に『あなたは自分の家族に福音を伝えるために、神に選ばれ、神に遣わされた者だと思う』と言いました。彼女の言葉を聞いて私は覚悟を決めました。私は自分の人生をイエスにささげました。この日のことは決して忘れることはありません。素晴らしいことに、マリアは正しかったのです! 日を追うごとに、私の父を含め、家族の全員一人一人がキリストを信じるようになったのです! なんという奇跡でしょう! イスラム原理主義を実践している家族全員が信者になることは、まれなことです。ですから私は、自分が想像を超える特権と祝福を受けていると確信しました。イエス様は、私の癒やしの奇跡を利用して、家族の心を開いてくださったのです」
「もちろん、それは簡単なことではありませんでした。その過程には長い時間がかかりました。それに、これは断続的な霊的戦いでもありました。しかし、私の母、父、兄弟たちは今、血肉の家族であると同時に、神の家族にもなったのです! 私たちは、イエスを愛するデリゾール出身の元イスラム教徒の家族なのです!」
「家族の決心は、私の癒やしが鍵でした。誰もがその奇跡を目にして、私の人生の変化を目の当たりにしたのです。どうしてそれを否定できるのでしょうか。以前の私は悲観的でかんしゃく持ちの性格でしたが、今は神の愛に満たされているのです」
重い金属製のドアの鍵がカチャッと大きな音を立て、カーテンがスライドして閉まると、横の入り口から、ヒジャブ姿の女性たちが一人ずつ、いそいそと入ってきた。熱烈なハグと頬へのキスが交わされ、人数の確認が終わると、彼女たちが入ってきたドアに錠前がかけられた。照明がつき、元イスラム教徒の女性たちが集う週1回の聖書研究会が始まった。名誉殺人で有名なこの原理主義的な街では、防犯対策をすることが極端過ぎるということはない。
十数人の女性たちが椅子に座った。グループリーダーのミリアムは笑顔で、参加者一人一人に自己紹介を促した。参加者の一人が「ヒジャブを脱いでも大丈夫ですか」と尋ねた。女性たちが顔を覆っていたヒジャブをそっと外すと、彼女たちは目を見開くほど美しかった。お互いの素顔を見ると、皆の顔から笑顔がこぼれた。
信仰を守るため、一人一人が想像を絶するような苦しみを背負っていた。その夜、順番に彼女たちの証しが分かち合われた。今まで聞いたことのないような、イエス様の奇跡についての生の声が聞かれた。ミリアムが通訳している間、ジャミラが最初に話をした。彼女の話は、この集まりで紹介されたのだ。
彼女が証しを分かち合った後、グループはイエスを礼拝し、互いに聖句を読んで励まし合った。彼女たちは、ジャミラとその家族のために祈った。彼らは今信者だが、難民でもある。ヨルダンに流れ込んできたシリア人たちは、しばしば軽蔑され、拒絶される。しかし、ジャミラの喜びに満ちた顔を見れば、そんなことは微塵も想像できないだろう。
イスラム世界で暮らす兄弟姉妹たちは、多くのものを犠牲にして信仰を守っている。しかし彼らは、そのような犠牲など吹き飛んでしまうほどの、考えられないほどの喜びと平安、限りない希望を経験している。
彼らが経験している非日常的な喜びや感謝は、あるいは彼らが置かれている、危険と背中合わせの状況だからこその特別な祝福なのかもしれない。状況や環境によらず、喜びや幸福感は、あくまでもキリストの臨在からやってくるのだ。
イスラム世界で女性の地位は低い。彼女たちがキリストに見いだされ、人々にキリストを紹介する祝福の器とされるように祈ろう。イスラム世界が雪崩を打ってキリストに立ち返っている。この動きがさらに加速するよう祈っていただきたい。
※登場人物は仮名です。
■ ヨルダンの宗教人口
イスラム 96・5%
プロテスタント 0・3%
カトリック 0・4%
正教関係 1・5%