2022年7月8日午前11時半過ぎ、安倍晋三元首相が銃撃され命を落とした。犯人が旧統一協会のいわゆる「宗教2世」であったことから、事件は政治的なものというより、宗教被害という枠組みで捉えられ、語られることとなった。
一方で、「政治と宗教」の関わりについても姦(かしま)しく報道され、閣僚が辞任に追い込まれるなど、現政権が大いに揺れたことは記憶に新しい。
本書は、この事件を踏まえ、日本有数の「宗教研究者」「宗教者」が6人集まって討論したNHKの宗教番組「こころの時代」の放送内容をベースにしている。番組内で話された内容を活字化するとともに、各章の合間に出演者が短く「宗教」について寄稿した文章をまとめた一冊である。
耳目を集めるのは「政治と宗教」の問題であろうが、本書は、この事件を「宗教」の側から真正面に受け止めている。一言でいうなら、「宗教とは何か」「宗教は何のために存在するのか」という古くて新しいテーマについて、最前線の宗教研究者・宗教家が回答する内容になっている。
番組はユーチューブにも4回に分けて掲載されているが、再生回数は合わせると10万回を超え、多くの人々にとって関心のテーマであることが分かる。そしてその多くが「宗教」の功罪について深く知りたいという願いを抱いていることも、さまざまな感想を見るにつけ伝わってくる。
本書は第1部で「カルト」について語り合っている。これは「宗教とは何か」の影の部分である。カルトが分からないと、宗教の健全性も分かり得ない、という発想だろう。最も印象深く残っているのは、相愛大学学長の釈徹宗氏が語っていた「近景・中景・遠景」の例えである。少し長くなるが引用してみたい。
絵画で景観を捉えるときの手法として、「近景・中景・遠景」というものがあります。(中略)「私自身」の問題は近景で、遠景には「聖なるもの」「聖なる領域」というものを設定することができます。その聖なるものと私自身とが直結するのが宗教体験と言われるものです。その私自身と聖なるものとのあいだ、つまり中景に、文化や地域コミュニティなどの中間領域がある。
宗教は、それらのバランスを取ることを考えなければならないんです。カルトや原理主義と呼ばれるものは、中景がとても瘦(や)せていて、私自身と聖なるものとが直結してしまう。つまり、日常としての中間領域がすごく軽視されて、その結果、中景が痩せてしまっているのではないかと思うんです。(26~27ページ)
この説明に、私は思わず膝を打った。「お見事!」という感じである。
このように、本書は宗教を専門とした研究者・宗教者6人が語り合っていながらも、その内容を一般の人々にも分かりやすく伝えようとする工夫が随所に凝らされている。そして、戸惑いとともに正直に告白するなら、本書を読み進めて一番面白かったのは、浄土真宗の僧侶でもある釈氏の発言だったということである。
同じプロテスタントのキリスト者である小原克博氏、川島堅二氏の発言に首肯する自分は納得できるが、異教徒(このような表現は申し訳ないが)である釈氏が、この日本の中で「宗教」をどう位置付けるべきかについて、かなり深い洞察をされていたことに感嘆を禁じ得なかったのである。
また、本書を通して私たちがつかむべき最大のポイントは、第6章「宗教の“公共性”とは」で語られていた「宗教リテラシー」の課題であろう。
日本でも宗教リテラシーに対する要請はあるんです。(中略)一つは、やはりグローバル化です。私たちはこれから、馴染(なじ)みのない信仰を持った人たちと一緒に社会を運営していかなければなりません。ですので、宗教についての知識は当然必要になる。二つ目が、カルト宗教問題です。宗教に対する免疫がなかったり、マインドコントロールや勧誘の手法についての知識がなかったりするのは、やはり危ない。三つ目が、宗教は人類の知恵の結晶で、社会とは別の価値体系があるので、それを学ぼうというものです。(149~150ページ)
キリスト者としてこの日本で生きているのだから、キリスト教のこと、キリスト信仰を福音的に理解していればそれでよい、という牧歌的な時代はもはや過去のものとなってしまったのだろう。決してキリスト信仰を否定する必要はない。むしろ混迷を深めるこの時代に、しっかりとした軸を持って生きることはとても大切なことである。
しかし、だからこそ私たちの生き方、基準となる信仰を客観的に見る視点も必要になってくるだろう。また、異端や異宗教を概観し、最低限の知識(どんな特徴があるか、どこがキリスト信仰と異なるのか)を獲得することは、いたずらに迷走することから私たちを守ることにもなるだろう。
本書は各々の立場から真摯(しんし)に「日本」という国における宗教の在り方を模索しているという意味で、良書である。また、自分たちが近視眼的に「自分はクリスチャンだから」とか「自分は宗教とは無関係だから」と捉えることがいかに危険であるかを警告している書物でもある。
SNSの普及によって、今やネットでの交流が地球規模で当たり前に行われている現在、そして新型コロナウイルスの世界的なまん延を通して、「目に見えないレベル」で地球はつながっていることを痛感させられている昨今、私たちは思想という面でも、そして人類の知恵の体系である「宗教」という面でも、世界とつながっていることを理解し、またその対策を練るべき立場にいるのである。
■『徹底討論!問われる宗教と“カルト”』(NHK出版、2023年1月)
◇