「映画を早送りで観る!? そんなバチ当たりなやからが存在するのか?」 本書を手にした私の第一印象である。しかし本書は、映画のみならずさまざまなデジタルコンテンツに向き合う若者の姿勢を通して、令和時代の「日本人気質」を照らし出している。
本書で描き出されているのは「Z世代」である。Z世代とは、1990年代後半から2000年代に生まれた10代から20代前半の若者の総称である。しかしZ世代のみならず、現代日本人全般に共通する生き方の実態を本書は描き出している。そして忘れてはならないのは、日本のキリスト教会、そして個々のクリスチャンもまた、当然こうした日本人気質の影響下にあるということである。
では、冒頭の驚きに戻ろう。近年、ネットフリックスに代表されるような定額制動画配信サービスで映画を視聴することがはやっている。コロナ禍によってこうした動きは加速し、今では見慣れた情景になりつつある。そしてこれらデジタルコンテンツに特徴的なのは、月決めで料金を支払うため、1カ月間に何本映画を観ても料金が変わらないことである。
すると本書でも語られているが、一作品一作品の重みがなくなっていく。かつてはDVDにしてもビデオにしても、わざわざレンタルショップへ借りに行き、そこで興味のある作品を選び、そして一作品につきいくら、という料金を支払うことになっていた。しかも、一定期間後にはそのメディア媒体を返しに行かなければならない。これだけの労力を払わなければ、映画(や過去のテレビドラマシリーズなど)を自宅で視聴することはできなかった。定額制動画配信サービスは、こうした労力を極端に少なくすることにたけている。
著者の稲田豊史氏曰く、「その夢のサービス(筆者注・定額制動画配信サービス)は、作品を『鑑賞』する機会を増やすよりもずっと大きなインパクトで、コンテンツを『消費』させる習慣を我々に根付かせたのかもしれない」(77ページ)。作品鑑賞からコンテンツ消費へ。これは教会内でも現実的に起こりつつある問題である。
例えば、これほどデジタルコンテンツが一般化する前までは、大きな集会に参加し、そこでわざわざDVDやビデオを注文し、そして自宅に届いたそれらの媒体を通して集会の映像を視聴することが、でき得る最大のことだった。さらにもう一昔前は、カセットテープに録音した集会の説教などを教会で複製し、それをテープレコーダーで聴くことしかできなかった。共通しているのは、レンタルショップでDVDなどを借りるのと同じく、具体的なコンテンツに労力とお金をかけ、その対価として集会の説教や賛美を入手するということである。
しかし、ユーチューブなどの無料で利用できる動画配信サービスの普及や発展は、日本のみならず全世界の教会で行われている礼拝や各種の集会を、スマホやタブレット、パソコンで簡単に視聴できる世界を生み出してしまった。そして、少しでも気に入らなければ(その理由はさまざまだが、退屈、耳が痛い説教などがそのほとんど)、すぐに別の教会の礼拝や集会の動画配信に移ることができる。つまり、礼拝などの集会や説教も消費コンテンツ化しつつあるということである。決して他人事ではない。
本書は、どうして作品が「コンテンツ」となり「消費」されるのか、という点について、早送りで視聴する人の心情として「失敗したくない」という思いを挙げている。突き詰めると、コストパフォーマンスを優先するということである。せっかく時間を使って長いドラマや映画を視聴するのだから、無駄打ちしたくないということである。これが教会の場合、「退屈な説教に時間を費やしたくない」「つまらない集会で一日をつぶしたくない」という、若者たちの間にあるであろうサイレントマジョリティー的な声ということになるだろう。
本書はある種、大人世代に向けての警告の書である。「今、若者たちはこんな状況ですよ」「そして、大人世代の価値観と確実に乖離(かいり)を始めていますよ」ということを、つまびらかにしているといってもいい。決してサブカルのニッチな一分野(映画視聴や定額制動画配信サービス)だけの傾向ではない。教会に来ている若者世代もまた、確実に「Z世代」なのである。
特に説教を語る者にとっては、必読書であろう。説教者がこれまで使い古してきた小慣れた表現が、もはや通じないと言われているのだから。かつて説教実習で「起承転結」を学んだとしたら、今はこれではほとんどの若者たちが耳を傾けてくれないということになる。席を温めてくれることはあっても、深い眠りにつくか、別のことを考えて上の空、みたいな光景が生まれることも決して否定できない。本書には、ヒット曲の特徴を語る中で、最近はサビから入らないと最後まで聴いてくれなくなっている、というくだりがある。これは説教でも同じかもしれない。「面白いジョークを入れないと・・・」「最初に分かりやすい結論を持ってこないと・・・」という話になってしまう。
本書には、そういう若者たちと「どう接したらいいのか」までの言及はない。その当たりがいかにも、コラムニストの著作であると思わせられる。言い換えれば、ここから先は私たちへの宿題ということだろう。
教会で若者と接する人なら、一度は手に取っていただきたい一冊である。
■ 稲田豊史著『映画を早送りで観る人たち』(光文社 / 光文社新書、2022年4月)
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