米国では、1973年の「ロー対ウェイド」事件の裁判に対する連邦最高裁の判決が、女性の人工妊娠中絶権を認める歴史的な判例となっている。そのため、中絶に反対する勢力と、女性の選択権を主張する勢力が、長年この判決をめぐり争ってきた。
そうした中、米政治ニュースサイト「ポリティコ」(英語)は2日夜、「ロー対ウェイド」判決を覆す連邦最高裁の多数意見の草稿を報じた。これは、妊娠15週以降の中絶を禁止するミシシッピ州の州法の合憲性をめぐる「ドブス対ジャクソン・ウィメンズ・ヘルス」裁判の多数意見の草稿で、サミュエル・アリート最高裁判事(72)が2月に執筆したもの。そこには、条件付きで女性の中絶権を認めた「ロー対ウェイド」判決を5対4で覆す内容が書かれていたという。
ポリティコは、この草稿は「第1稿」であり、直ちに「ロー対ウェイド」判決が覆ることを意味するものではないと注意を促している。「草案が出回ると(判事らが)投票を変更するのは周知のことで、重要な決定は何度も草案が作成され、時には決定が公表される数日前まで票のやりとりが行われることもある」という。
とはいえ、「ロー対ウェイド」判決が覆される可能性があるというニュースは、ソーシャルメディアや政治の世界で広い注目を集め、多くの団体がこの漏えい文書に期待や懸念を表明した。
ここでは、漏えいした判決草案に対する5つの反応を紹介する。これらの反応には、プロチョイス(中絶賛成)派が提起した懸念や、中絶を制限する法律を各州が取り戻すことを長年望んできたプロライフ(中絶反対)派の慎重な楽観論などが含まれている。
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1. 全米生存権委員会
プロライフの立場を採る米国カトリック司教協議会が創設した「全米生存権委員会」(NRLC)は声明(英語)で、最高裁の最終判断が出るまで直接のコメントを控える立場を表明。ミシシッピ州のリン・フィッチ司法長官の言葉「私たちは最高裁に委ねて、その公式見解を待つことにします」を引用し、これに同意するとした。
NRLCは昨年7月、「ドブス対ジャクソン・ウィメンズ・ヘルス」裁判で、中絶を肯定する「ロー対ウェイド」判決を覆すことに賛成するアミカスブリーフ(第三者による法廷助言書、英語)を、ルイジアナ州のプロライフ団体「ルイジアナ・ライト・トゥー・ライフ」(LARTL)と共に提出している。
2. 全米家族計画連盟
全米最大の中絶事業者である「全米家族計画連盟」(プランド・ペアレントフッド=PPFA)は、漏えいした多数意見について懸念を表明した。
PPFAのアレクシス・マクギル・ジョンソン会長兼最高責任者(CEO)は声明(英語)で、「漏えいした意見は、恐ろしいものであり、前代未聞のものだ」と強調。「ロー対ウェイド」判決が覆されることは、「私たちが最も恐れていること」だとし、最高裁がそれに向けて用意をしていることを裏付けるものだと語った。
「私たちは何十年も不吉な予兆を見てきましたが、漏えいした意見はそれに劣らず壊滅的なもので、ちょうど中絶反対派が全米で中絶を禁止する究極の計画を発表する中で明らかになりました。全米家族計画連盟と私たちのパートナーは、この裁判において想定し得るあらゆる結果に備えており、戦いに向けて準備を進めていることをご承知ください」
3. スーザン・B・アンソニー・リスト
影響力のあるプロライフ団体「スーザン・B・アンソニー・リスト」(SBAL)は声明(英語)で、漏えいした判決草案が「ドブス対ジャクソン・ウィメンズ・ヘルス」裁判の最終判決となる可能性を歓迎した。
SBALのマージョリー・ダネンフェルサー会長は、「今夜公開された意見の草案が最高裁の最終見解であるなら、私たちはその決定を心から歓迎します」とコメント。「米国民は選挙で選ばれた議員を通じて胎児を保護し、女性を尊重する法律を議論し、制定する権利を有しています」とし、「ロー対ウェイド」判決が覆されれば、「すべての議会で胎児と女性のための最も強力な保護を実現するためのコンセンサスを構築すること」に注力すると語った。
その一方で、プロライフ運動が「助けを必要とする妊婦や子どもたちを支援するため、既存の活動を継続しなければならない」ことも認識しているとダネンフェルサー氏。「全米には何千ものプロライフ妊娠センターやマタニティーホーム(妊婦のための支援住宅)があり、プロライフ運動のセーフティーネットは成長の一途を遂げています。プロライフ運動は、これらの女性とその家族のニーズに応えるために成長し続け、母と子の双方を愛し、仕えるために共に歩み、計画を立案します」とした。
4. カトリック・フォー・チョイス
カトリック系のプロチョイス団体「カトリック・フォー・チョイス」のジェイミー・L・マンソン会長は声明(英語)で、「もし本当なら、前代未聞であり、衝撃的なことだ」と述べた。
「50年にわたる最高裁の意見を台無しにする疑惑の判決は、わが国の司法プロセスに対する冒瀆(ぼうとく)であり、最高裁の行為によって命を脅かされる人々にとって破壊的です」とマンソン氏。「今こそ、サイレントマジョリティーであるプロチョイスのカトリック信者と元カトリック信者が、中絶を選ぶ人々のために中絶を可能にする手段を支持して率直に語り、大胆に行動すべき時です」と呼び掛けた。
5. テキサス・ライト・トゥー・ライフ
妊娠6週目以降の中絶を禁じる「ハートビート法」のロビー活動をテキサス州で成功させたプロライフ団体「テキサス・ライト・トゥー・ライフ」(TRTL)は、漏えいした判決草案に対して懸念と希望を表明する声明(英語)を発表した。
TRTLは、最高裁の判決草案が事前に漏えいすることは「前代未聞」であり、「ロー対ウェイド」判決を維持するため、判事らに圧力を加えようとした可能性があると指摘。その上で、「プロライフ派は祈り続けなければなりません。特に判事たちの不屈の精神のために、最高裁が正式に判決を下すまで」と訴えた。
一方で、「ロー対ウェイド」判決が覆されれば、中絶に関する判断は各州の議会で決定されることになるとし、「テキサス州は直ちにすべての胎児を選択的中絶から守ることになるでしょう」と述べた。