ペンテコステ運動の歴史をまとめるのはとても難しいといわれている。第一に、研究の立脚点をどこに置くかで内容が変わってくるからである。今まで一般的だったのは、1901年に米国のベテル聖書学校でチャールズ・パーハムが聖霊体験をしたことに始まる歴史観である。これは、米国を中心にペンテコステという諸教派を生み出したという意味でとても重要な出来事といえる。しかし近年、この視点があまりにも米国寄りであり、もっとグローバルな視点でペンテコステ運動の歴史を見なければならないことが指摘されつつある。つまり同時期に同時多発的に世界各地でリバイバル現象が起こった、と捉える視点である。すると米国のパーハムの出来事はワン・オブ・ゼムとなり、そこからペンテコステ運動が始まったとするのは「神話」の域を出ないということになる。
もう一つの難しさは、主に米国から派遣された宣教師の問題である。彼らが宣教地で活動した報告を本国の所属教団に送るのだが、それを「改ざん」していたという事実がある。つまり、現地で実際に何が起こったのか、そして誰がそれを指導したのかについて、手前勝手な解釈で自分の手柄に仕立て上げ、それを報告する者がいた、ということである。そうなると、現地の実質的な指導者やそこで起こった現象などが、宣教師のバイアスによって歪められているという可能性を生んでしまう。最も厄介なのは、そのバイアスがどこにどの程度かかっていて、何が事実かを判別する歴史的証拠が極端に少ないということである。
これ以外にも多くの問題があるため、日本ではなかなかペンテコステ運動の歴史をまとまった形で世に提示することができなかった。一方、外国(特に米国)におけるペンテコステ運動の歴史研究は、上記の「歪み」を真摯(しんし)に受け止め、より修正主義的に真実に向き合おうとする姿勢が見られる。ただ、それもまだ途上としかいえない。
そんな中、岐阜純福音教会顧問牧師の小山大三氏が、ペンテコステ運動の歴史を短く、的確にまとめて出版したことは、大いに歓迎すべきことである。まず、その「勇気」に賛辞を贈るべきである。そして本書は160ページ余りのボリュームながら、今まで日本で文章化されてこなかった視点が加味されている。それが第4章「北欧のペンテコステ運動の歴史」である。
上述したように、多くのペンテコステ運動の歴史は、米国から始まっている。そして米国を中心にした時間の経過が書きつづられていく。しかし本書は、米国で形成されたペンテコステ諸教派に関してはとても簡潔(第2章と銘打っているが、わずか数ページ)で、そこからさらに掘り下げたい読者は、いかようにも掘り下げられるようになっている。
一方、第4章は筆圧もかなりのものだと推測できる。ページ数も26ページと、全体で最もページが割かれている章となっている。おそらく日本のペンテコステ運動との関わりをその後に書くため、この辺りを詳述しておきたかったのだろう。
そして、大胆にして本書最大のポイントは、「第四の波」に言及している第14章である。従来、ペンテコステ研究者の中では「第三の波」という言われ方が1990年代からされてきた。異言を伴う聖霊のバプテスマを強調し、それを信奉する人々が「(諸)教派」を生み出した。これが初期のペンテコステ運動(第一の波)。その後、米国聖公会司祭のデニス・ベネットが異言を語ることを告白し、1960年代から70年代にかけて急速に他教派内に異言現象が伝播(でんぱ)した。これがカリスマ運動の走りとなった(第二の波)。そして90年代、異言を伴う聖霊のバプテスマだけにこだわるのではなく、聖霊の顕現を示すさまざまな現象(笑う、寝る、倒れるなど)を伴う流れを「第三の波」と称した。
著者は、その後の世界的うねりをコンパクトにまとめながら、並行して日本における聖霊運動の流れを概観する。そして14章に至って「第四の波」という表現で、未来を展望するのである。この大胆さにまず敬服した。
歴史とは、各時代に起こった現象を解釈しなければならない。そのため、出来事が起こってから数十年後に「歴史化」されるといわれている。これはアカデミックな精査に基づく歴史研究としては定石である。だが本書は、生涯現役の牧師、神学校教師として活躍している小山氏の「信仰の慧眼(けいがん)」によって論旨が貫かれている。言い換えるなら、歴史を創出する者としての気概が随所にあふれ返っているということだろう。そういった意味で、「第四の波」と言い切る闊達(かったつ)さを古色蒼然(そうぜん)とした歴史研究の定石で切り捨てることはできない。むしろこの言葉を用いた小山氏の「信仰」にこそ、私たちは目を留めるべきである。
本書は、今後のペンテコステ研究の「種」となることは間違いない。そしてこの種を各々が自らの土壌にまき、発芽させ、成長させていくことが望まれている。これこそが「第四の波」を本格的に生み出す実際的な営みとなっていくだろう。ペンテコステ諸教派に属するクリスチャンはもちろん、福音派や他教派であったとしても、本書を手に取って読むことで、聖霊に関する新たな視点を得ることができるであろう。
■ 小山大三著『現代ペンテコステ運動の歴史―アズサ・リバイバルから第四の波まで』(岐阜純福音出版会、2021年10月)
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