5月28日公開予定の映画「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」のプロモーションの一環として、このコロナ禍ならではのイベントが次々と展開されている。4月5日には、音声SNS「クラブハウス」で本作について語り合う特別企画「We Love アレサ!」が行われた。これが好評だったことを受け、「アレサのゴスペルをより深く理解するためには、奴隷制度や人種差別の歴史を知らなければならない」ということで、5月9日には2013年にアカデミー賞作品賞に輝いた「それでも夜は明ける」を取り上げたZOOM映画カフェが行われ、識者をはじめ、多くのゴスペル愛好家、シンガー、クワイア団員が集まった。
ZOOM映画カフェ 映画「それでも夜は明ける」を観て、語り合おう!
前回も触れたが、この企画は「祈りのちから」「神は死んだのか」など、全米で大ヒットしたクリスチャン映画を日本に紹介してこられた一般社団法人ビサイド・ミニストリーズの礒川道夫氏が、映画「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」の宣伝を配給元のGAGA(ギャガ)から請け負ったことに始まる。そしてZOOMでの企画ということで、今回はさらに大きな援軍が加えられることとなった。それが「聖書で読み解く映画カフェ」の小川政弘氏である。小川氏は、ワーナー・ブラザース映画で製作室長をされていたことで有名で、無類の映画通である。今回は小川氏から「それでも夜は明ける」の製作秘話や13年当時のアカデミー賞の事情についても話が聞けるということで、多くの参加者が与えられ、前回のクラブハウスイベントを上回り、56人が参加した。一番遠方の参加者は、スイスからであった。
こちらのイベントも、クラブハウスイベント同様、みんな語り出すと止まらない。しかも、ディスカッションが米国黒人史にまで及んだため、ゴスペルの歴史や黒人たちの悲哀のみならず、聖書の教えやその時代的メッセージの限界についてまで話し合われることとなった。これはさながら「神学部の授業」と比較しても決して劣らないほどの質の高いものであった。
こうしてみると、コロナ禍によって多くの「集まり」がオンライン化されたことで、交通費を使い、場所を押さえ、出演者への接待などを考える必要がほとんどいらなくなったといえる。しかも海外からも(時間さえ合わせられれば)顔と顔とを合わせて参加が可能な時代となったのである! これは数少ない「コロナのおかげ」の一つであろう。ここまでのデジタル化の普及は、やはりこういった状況がなければ生み出されなかったであろうし、今こそ「ニューノーマル」として大いに推進されるべきことでもある。
映画「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」を観て
さて、ここでは映画「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」について語ってみたい。前回お伝えしたように、本作は稀代のゴスペルシンガー、アレサ・フランクリンのライブ映像をまとめたドキュメンタリー映画である。しかし、単なる「ライブ映画」ではない。コンサートの模様はもとより、彼女の歌声を90分余りにわたって堪能するという意味では、むしろ目を閉じてじっくり聴く方が、感動が大きかった。かといってCDで歌声を聴くのとは違う。やはり時々目を開けて、どのような表情で歌っているのか、そしてその歌を聴衆はどんな雰囲気で楽しんでいるのか、を知るためには絶対に映像がなければダメだ。
教会で実際のライブが行われた1972年1月13、14日の様子を、アレサ・フランクリンの伝記を著したデイヴィッド・リッツは、著書『アレサ・フランクリン リスペクト』(シンコーミュージック・エンタテインメント、2016年)の中でこう述べている。
ゴスペル・アルバムを録(と)る、それも教会で生録音にするという発想は彼女(アレサ)のもので(中略)、しかも自分が頑固に意志を貫き通さなければ、あれは実現しなかったとも言い添えている。教会を捨てたと周囲に言われ、彼女は憤慨していた。自分に教会を捨てられるわけがない、教会は自分にとって不可欠な内なる核だ、だからこのアルバムはその信念を再確認するものになる、と述べている。(268ページ)
そのことを踏まえるなら、どうしてこのドキュメンタリー映画が単なる「感動」という枠に収まりきらない感動を私たち信仰者に与えてくれるかがよく分かる。本作は映画であって映画ではない。これは「礼拝」なのだ。そして、時々映し出される聴衆は、単なる観客ではない。同じ空間を共にしている「礼拝者」なのだ。そう思って本作を観るとき、私たちは時空を超えて、アレサ・フランクリンと共に「礼拝」に参加していることに気付かされる。これが本作の正しい見方であろう。
コロナ禍のため、予定通り5月28日に公開されるかどうか、まだ不安がある。しかし、公開が延期されるようなことがあってもかまわない。私たちは「その時」が来たら劇場という名の「礼拝堂」に足を運べばいい。そこで必要なのは「入場料」という名の神への献金である。本作は90分余りの作品である。最後の一秒まで楽しめるとともに、劇場のライトがつくその瞬間まで「礼拝」の密度は変わらない。ぜひ、一人でも多くの人に「出席」してもらいたい「世紀の礼拝」である!
■ 映画「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」予告編
■ 映画「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」公式サイト
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