2月1日の朝、ミャンマー国軍は国家非常事態を発令し、与党国民民主連盟(NLD)を率いるアウン・サン・スー・チー国家顧問とウィン・ミン大統領、NLD高官ら数十人を拘束して政権を掌握し、クーデターを敢行した。
軍は1月30日、報道官を通じて、すでにクーデターの可能性を示唆していた。彼らの言い分は、昨年11月8日の総選挙において与党NLDが80%以上の得票で大勝を果たしたのは、選挙に不正行為があったためだとしており、今回の非常事態宣言および軍による政権掌握は、ミャンマー憲法を守るための正当な行為だと主張している。
ミャンマー憲法には「結束の崩壊、国家団結の崩壊、国家主権の喪失」を招きかねない極端な状況に限って、国軍総司令官が政権を掌握すると規定されているが、それはあくまでも緊急事態中に限った措置であり、しかも緊急事態を宣言できるのは文民の大統領だけと定められている。軍はその大統領まで拘束してしまったのだ。今回の暴走に護憲の大義を振りかざすのは、明らかに見当違いと言わざるを得ない。
この暴挙に対しては、西側諸国を中心に国際的な非難が上がっている。ところが近年ミャンマーに影響力を強めるCCP(中国共産党)は「平和的な解決を望む」と述べただけで、CCPからクーデター首謀者を非難する声は一向に聞こえてこない。
実は1月中旬に、CCPの王毅外相はミャンマーを訪問しており、この時、ミャンマー国軍トップのミン・アウン・フライン総司令官とも会談をしている。これによって、ミャンマー民衆の間では「クーデター中国後押し論」が噴出し警戒感を強めている。事件発生後は、軍事政権反対とスーチー氏の開放を呼び掛ける抗議デモが全国で拡大しており、参加者が数十万人規模に上っている。
これらデモ参加者の若者らは、CCPの影響力への警戒という共通項によって、国境を越えた香港や台湾、タイの若者らとSNSを通して連帯しており、これが、東南アジアでポピュラーな飲み物の名前にちなんで「ミルクティー同盟」と呼ばれている。
一方で、抗議デモの拡大に伴い、放水車、ゴム弾、実弾、主要都市への装甲車の配備など、軍のデモ鎮圧手段がエスカレートしていることには懸念を禁じ得ない。
2月9日、ミン・アウン・フライン総司令官は全国民に向けて、非常事態宣言は1年間続くとし、再選挙を実施することを言明した。しかし、再選挙がいつになるのかについては明らかにしなかった。
「ミャンマー民主化の母」として長年自宅軟禁され、軍事政権と戦い、国内的には絶大な人気を誇るアウン・サン・スー・チー女史であるが、国際的には2017年のロヒンギャ問題の取り扱いがあだとなって、ノーベル平和賞まで受賞した彼女は末節を汚してしまった。昨年11月の総選挙でも一部少数民族の投票が不当に制限された。スーチー女史はビルマ人優遇とは対照的に、少数民族への冷遇を隠そうともしなかったのだ。
いずれにしても、国際社会によって「虐殺(ジェノサイド)」認定され、いまだにバングラディシュに70万人以上の難民を抱えるロヒンギャ問題を機に、スーチー氏の国際的な評価は地に堕ち、ミャンマーと西側諸国の溝は深まってしまった。しかし、その隙を逃さず乗じたのがCCPだった。「一帯一路構想」を媒介とする現在のミャンマーとCCPの蜜月関係は、ロヒンギャ問題を機に構築された。難民問題にせよ、軍事クーデターにせよ、ミャンマーが孤立化することはどっちにしてもCCPを利する結果にしかならないのは、西側世界にとっては悩ましい問題だ。CCPがそのジレンマを逆手にとって、ミャンマーと周辺地域への影響力拡大を画策するのは明らかだ。
スーチー氏か、軍事政権か、いずれの背後にもCCPの影響力が見え隠れするが、ミャンマー国民にとっては民意が指し示す通り、ロヒンギャ問題がつきまとうにしても民主化路線を推進するスーチー氏のNLD一択にならざるを得ないのだろう。この選択は「ベター」であって、決して「ベスト」ではないかもしれないが。
一方、ミャンマーの福音派の牧師たちは、軍による政権掌握からの1週間あまり、仏教徒の隣人たちと一緒に通りに出て、神が民衆の味方であることを信じ、神の正義がもたらされるよう熱心に祈っている。
1988年のクーデターで権力を掌握した軍事政権は、仏教勢力との結び付きが強く、多くのキリスト者が迫害された。当時の記憶を持っている牧師たちや宣教団体は警戒感を強めている。
米国に拠点を置く宣教団体リーチ・ア・ビレッジの東南アジア・ミニストリー・ディレクターのエリス・クラフト氏は次のように語った。
「影響力のある教会指導者たちが抗議の声を上げるならば、彼らは最も大きなリスクにさらされるだろう。彼らとその教派の会員は、刑務所への収監や自宅軟禁される標的にされるかもしれない。多くの教会指導者が今も記憶しているように、軍は過去にそうしてきたのだ。軍がそのような致命的な力を行使する可能性は十分にある」
仏教国ミャンマーは、オープン・ドアーズが発表した2021年のキリスト者ヘの迫害国ランキング50で、18番目に状況が悪い国となっている。
今回のクーデターによる騒乱が1日も早く終息し、これがキリスト者への迫害を悪化させることがないように、またミャンマーの兄姉たちがどのような状況下にあっても、決して移ろいゆくことのない永遠の希望の福音を人々に明らかにしていくことができるように祈っていただきたい。
■ ミャンマーの宗教人口
仏教 80・0%
プロテスタント 6・8%
カトリック 1・3%
英国教会 0・2%
イスラム 7・2%
ヒンズー 0・4%