「聖書に『どうしても必要なことはわずかです』とありますが、まさにその通りなのです」
そう話すのは、小学生から大学生までの子どもたち5人を育てる母であり、「整理収納アドバイザー」として活躍する岩城美穂さん。4人目の出産を機に「片付け」に目覚め、6年前に起業。全国各地で片付けサービスを提供する「M's Arrangement」を展開している。テレビで取り上げられたこともあり、企業や学校などが主催するセミナーで講演することも多い。
そんな岩城さんは子どもの頃、母親と一緒に通っていた教会で洗礼を受けたクリスチャンでもある。短大在学中に結婚。20歳で第1子を産み、31歳までに5人の子どもを出産した。夫は結婚当時、クリスチャンではなかったが、今では夫だけでなく子どもたちも既に4人が受洗。毎週、家族で教会に通っている。
かつては「片付けラレネーゼ」
男女平等が叫ばれる現代社会においても、特に女性は片付けられなければ、世間から厳しい目を向けられることが多い。さらに子どもがいる主婦であれば、「母親失格、主婦失格」と自身を責めてしまう人もいる。
若くして結婚、出産した岩城さんもまさにそうだった。現在は片付けを仕事にしているが、もともとは「片付けラレネーゼ」。片付けられないことに対するマイナスイメージが強いことから、少しでも心の負担をなくそうと岩城さんが考え出した表現だ。片付けが上手くできなかったころは、周囲から「子どもが子どもを産んだようなもの」という声が耳に入ることもあり、自己嫌悪に陥ったり、逆に「しっかりしないと」と異常なほど頑張ろうとしたりもした。しかし、片付けの意味も方法も知らなかった当時は、空回りするばかり。自信喪失で寝込んだり、ストレスから散財したりすることもあった。イライラすることが多く、すべてに追われている毎日だった。
転機となった4人目の出産
転機は、初の自宅出産となった4人目の出産の時だった。「まさに今、子どもを産むその瞬間、自分の部屋を客観視できたんです。まるで死に際に、走馬灯のように人生の記憶が現れてくるような感じです」。8畳の部屋だったが、床には出産用の布団をやっと敷けるくらいのスペースしかない。左右には物置になったピアノとジャングルジムが並び、さらに「高かったから捨てられない」5人がけのソファーの一部も置いてあった。もちろん部屋には家族全員が入ることができず、特に母親はリビングの仕切りから顔を出してしか見られない始末――。
「あかん!これではあかん!」 初の自宅出産の感動も束の間、モノでいっぱいになった部屋にばかり目が行ってしまう出産となった。
6人家族となり「今のままでは生活できない」と、家の買い替えも検討したがそれもかなわず、片付けへの覚悟を決めた。その後は、図書館で「片付け」と名の付く本があれば片っ端から借り、自己流で片付けを開始。それまでは掃除をしても「モノを移動する」だけで満足している状態だったが、「モノを減らす」ことの大切さが分かり、格段に家が広く、生活しやすくなっていった。
友人を自宅に呼べるようになり、人間関係も円滑に。空間の余裕が心の余裕につながり、時間やお金にも余裕が生まれていった。そうした中、5人目を妊娠。再び自宅出産を選んだが、今度はすっきりとした部屋で人生最後の出産を飾ることができた。
自己流で片付け上手になってきたころ、長女が「お母さん、片付け好きだからやってみたら」と、整理収納アドバイザーの資格試験を見つけてくれた。その時、長女はちょうど高校受験。母娘で切磋琢磨しながら勉強に取り組んだ。自己流で4、5年かけて修得したことを、1年足らずで深く理解し整理することができた。「うちの家も片付けて」とお願いされていた友人たちにも、片付けを教えてあげられるようになった。そして2014年、「片付けをもっと多くの人に教えてあげたい」と、まったく手探りの中「M's Arrangement」を始めた。
片付けとは?
岩城さんは著書『岩城美穂流お片付け道』で、片付けを次のように定義している。
片付けとは、まずモノを厳選して必要なモノだけに絞る。その厳選された一つ一つのモノの指定席を作る。それから、指定席が決まってキチンと収納されたモノを、「使ったあとに、元の場所に戻す作業」です。
まずは「モノを全部出す」。そして「要・不要」をベースに、何を残すか、何を手放すかを決めていくことになるが、「今の自分に本当に必要か」「使っているか」「好きか嫌いか」など、多角的な視点で選んでいく。「いつか使うかもしれない」と将来の不安を先取りしてしまうこともあるが、その「いつか」は多くの場合やってこない。この仕分けが一番重要で、これが片付けの8割だという。
また選択については、「で」ではなく「が」で決めるように勧めている。「〇〇【で】いいや」と妥協して決めるのではなく、「〇〇【が】いい!」と、自分がしっかりと決定権を持って選ぶのだ。「名監督になったつもりで、自分の身の回りをすべて一軍選手でそろえる、そんなイメージです」。迷ったときは「ちょっと勇気がいる方」を選ぶ。減らす作業には痛みを伴うが、残す方にフォーカスするのが岩城流。
モノの「指定席」については、家族全員が知っておくことが大切だ。また、大人から子どもまで「みんなが使いやすい場所」であることもポイント。大人目線で決めてしまうと、子どもがしまいにくい場合もある。こうすることで、家族の誰もがモノを「元の場所に戻す」ことができるようになり、「片付けなさい!」が「元の場所に戻してね」に変わる。
最初は、財布やカバンなど、自分のモノしかなく、短時間でできるところから始めるのがお勧め。押し入れなどは、自分だけでなく家族のモノもあり判断が難しく、量も多い。片付けは頭も使い、体力も使う作業。「片付け=つらいこと」という悪いイメージがつくと、なかなか手が進まなくなってしまう。
片付けは幸せになるための手段
「片付けは幸せになるための手段」。これが岩城さんの片付けに対する考えだ。自身も以前は「片付けラレネーゼ」だったが、片付けられるようになったことで、心にも時間にも、そしてお金にも余裕が生まれた。それまでは自分自身が好きになれず、イライラしていたが、自然と笑顔になれるようになり、それが家族にも良い影響を与えていった。「ママの笑顔は必ず家族の幸せにつながります」。今は自身の経験から、そう確信を持って言える。
また、モノがどこにあるかをみんなが知っていることで、家族が自然に家事に参加するようになった。最近は夫がキッチンに立つことも珍しくなく、お風呂掃除は子どもたちが自主的にしてくれ、岩城さん自身はこの数年一度もしていないという。
信仰生活においても変化があった。以前は教会に献金するにしても惜しむ心が強かったが、今は気持ちよく献金できるという。
「以前は欲張っていたから、モノが増えていったのだと思います。片付けをして余裕ができたことで、分ける心、与える心を持てるようになりました。教会への献金だけでなく、困っている人たちのための寄付もできるようになりました。昔のケチな自分では想像もできないことです。以前は、もらうことばかりを考えていましたが、今は分ける喜び、与える喜びがあります」
個人宅の訪問サービスやセミナーなどで、これまでに延べ2千人余りに片付けを伝えてきた岩城さん。新型コロナウイルスの影響で実現できなかったものの、今年は海外からも数件、講演の依頼が入っていたという。
「片付けとは、単に部屋をきれいにするのではなく、モノの整理を通して『自分軸』を作る作業でもあります。目に見えるモノだけでなく、時間の使い方や人間関係に至るまで整理できるスキルが身に付くのです。お片付けを通して、皆さんが心踊る毎日を送られることを願っています」