中国の電子科技大学出版社が、中等職業訓練学校用の教科書『職業倫理と法』で新約聖書の一節を改ざんして引用していたことが明らかになった。イエス・キリストが「私も罪人」だと言いながら、女を石打にして殺害した内容に書き換えられていた。カトリック系のUCAN通信(本部・香港)が22日、報じた。
UCAN通信(英語)によると、引用があったのは新約聖書のヨハネによる福音書8章の一節。ユダヤ教ファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女をイエスの元に連れてきて、モーセの律法には「石で打ち殺せ」と書かれていることを指摘しながら、イエスに考えを尋ねる場面だ。女を赦(ゆる)すように言えば、律法に逆らうことになり、殺すように言えば、イエス自身が教えてきたことと矛盾することになる。これに対してイエスは、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と答えた。すると年長者から順に、集まっていた人々は皆立ち去り、イエスと女だけが残された。『職業倫理と法』でもここまでは正確に引用されている。しかし、その後のストーリーが大きく改ざんされていた。
聖書では次のように記されている。
イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」 女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」(ヨハネ8:10~11)
これが『職業倫理と法』では、「群衆が立ち去ったあと、イエスは女を石打にして殺し、『私も罪人だ。しかし、もし罪のない者だけが法を執行できるのなら、法が死んでしまうだろう』と言った」と書き換えられていた。
キリスト教では、イエスは絶対的な善なる神の子とされており、ヘブライ人への手紙4章15節には「罪を犯されなかった」と書かれている。『職業倫理と法』の改ざんは、このイエスの神性を真っ向から否定するものだ。罪を犯さなかった神の子イエスにのみ、人を裁く権威があるが、そのイエスですら姦通の女を罪に定めなかったことが引用箇所のメッセージ。イエスは別の箇所では「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである」(マタイ7:1)と教えており、キリスト教では人を裁かないことが基本的な教えの一つになっている。しかしこの教えも改ざんにより、真逆の内容に変えられていた。
UCAN通信は、現地中国でカトリックの司祭や信徒がこの改ざんに怒りの声を上げ、謝罪を求めていると伝えている。しかし、この怒りは中国国内のみにとどまらず、世界のクリスチャンの間でも広がっている。
米福音派のヘッジファンドマネジャーであるカイル・バス氏は28日、ツイッター(英語)でこの改ざんを伝える記事を引用し、「中国共産党は邪悪だ。中国の巨大な大陸から宗教を抹殺しつつある」と批判した。このツイートは1100回以上もリツイート(共有)され、ツイートには怒りや驚きのコメントが殺到した。
中国の迫害情報を扱うイタリアのニュースサイト「ビター・ウィンター」(英語)や、フランスの国際放送「FRI」(中国語)もこの問題を報道。中国の迫害状況を監視している米テキサス州のキリスト教団体「チャイナエイド」(中国語)もこの改ざんを取り上げ、「中国共産党は長年、聖書の教義と神学を再解釈し、習近平総書記が提唱する社会主義的価値観に準拠するよう、キリスト教に圧力をかけてきたが、公式の教科書で聖書をあからさまに改ざんするのはまれ」と伝えた。
米保守派メディア「ブライトバート」(英語)によると、米国のマイク・ポンペオ国務長官は26日、保守派キリスト教団体が協賛する政治集会で演説。「信仰の自由に関する国際報告書」(2019年版、英語)を引用しつつ、「中国共産党はキリスト教の教理を『中国化』させるために聖書自体を書き換えようとしています。これは許容できません。これは中国の国民をないがしろにすることです。私たちは彼らに善なるもの(が与えられること)を願います」と語った。
中国国営の通信社「中国新聞網」(中国語)によると、中国教育部(日本の文科省に相当)の中等職業教育カリキュラムには、「職業倫理と法」と共に、倫理教育の必須科目として「中国の特色ある社会主義」や「国家安全保障教育」が含まれている。教育部の日本語サイトによると、中国の中等職業教育を担う学校は2018年時点で1万2千校あり、募集生徒数は557万人を超える。
電子科技大学は、中国政府が定める国家重点大学の一つで、電子情報技術の分野では中国トップクラス。日本の国立大学や早稲田大学、慶応義塾大学などとも協定を結んでいる。聖書を改ざん引用した同大出版社は、会社紹介のページ(中国語)で自社出版の書籍『大学におけるマルキシズム普及のためのインターネット宣伝プラットフォーム調査』が2014年に全国高等学校出版社主題出版事業に入選したことなどを紹介している。