さて、その日のこと、夕方になって、イエスは弟子たちに、「さあ、向こう岸へ渡ろう。」と言われた。・・・弟子たちはイエスを起こして言った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ。」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。・・・(マルコ4章35節〜41節)
今の時代というのは大変難しい混乱した時代だと、つくづく感じます。世界的に広がっている金融危機で、そのあおりを受けている兄弟姉妹もおられます。年金問題も総選挙も大混乱が続き、食の安全までも脅かされています。
しかし、世の中を悪くしようと思っている人は誰もいないのです。誰もが平和で幸せな世界を望んでいるのですが、必ずしもそうならないという現実があります。
確かに人間には何をするにしても限界があります。でも、天地宇宙を創って下さった神と共に歩むときに、人の限界を超える神の偉大な愛の恵みを頂いて前進することができるのです。せっかくクリスチャンなのに、神の力を体験しないまま終わることがありませんように。神の御心と私たちの思いが、かけ離れてしまわないように十分に気を付けましょう。
イエスはガリラヤ湖周辺の町々で毎日神の言葉を語り、人々を癒し、悪霊を追い出し、救いを与えていました。イエスと弟子たちは、寝る間もないほど大忙しの毎日で、くたくたに疲れていました。
そんなある日の夕方、イエスは弟子たちに語られました。「さあ、向こう岸へ渡ろう。」1日も終わりかけ、疲れ果てていた弟子たちにはイエスの言葉は予想外でした。でも、クリスチャンとして歩むときに絶対に忘れてはいけないことは、人の言葉や世の中の常識だけではなく、イエスの言葉を聞いて行動するということです。
1.主は「さあ、向こう岸へ渡ろう」と語って下さる
弟子たちは、ガリラヤ湖の周辺で忙しく伝道しているうちに、向こう岸のことを考えられなくなっていたのです。いつの間にか小さな小さな地域での働きしか思い描くことができなくなっていました。確かに毎日の仕事はたくさんあり、これで十分だと弟子たちは思っていたでしょう。しかしイエスは言われました。「向こう岸へ渡ろう。」
例えば、重い病気やけがで、入院して治療が必要なことがあっても、元気になったら退院するのが普通です。いくら居心地が良くても、一歩踏み出すべき時が来るのです。私たちも現状に満足するのではなく、一歩踏み出して向こう岸へ行くべきです。ガリラヤの片田舎の漁師だったペテロやアンデレが、向こう岸どころではなく、大都会のエルサレムから、ついには全世界へ出て行ったのです。
同様に、あなたの住んでいる狭い世界は、神が用意しておられる恵みの世界ではありません。あなたの心や生活のリズムが、つまらないマンネリに陥っていたり、過去の暗い思い出に縛られていることはないでしょうか。
私たちは信仰によって常に成長していきましょう。聖書の物語が1ページ1ページ進んでいくように、あなたのためにも神は一生分のご計画を用意されています。
2.突風の中でも絶対に大丈夫
信仰を持って歩み始めようとすると、しばしば困難に出くわします。新しいことをしなければこんな問題はなかったと思うことがあるでしょう。確かにそうです。弟子たちも陸にいれば、風も波も全く問題ではなかったはずです。湖に漕ぎ出していたからこそ沈みそうになったのです。1歩踏み出さなければ、悪いことも起こりません。でも、1歩踏み出さないあなたの人生には、神の恵みそのものが起こりません。
そもそも、向こう岸に行こうと言われたイエスご自身が、私たちと共に御臨在下さることを忘れてはいけません。
時々あなたは思うでしょう。せっかく祈って始めたのに私の主人は理解してくれない、嫁さんから嫌なことを言われる、会社の仲間から風当たりが強くなる、こんなことだったら信仰なんて働かせなければよかった。今までの私たちならば、それで大騒ぎして終わるだけです。
しかし、人生のありとあらゆる失敗、絶望、悲しみ、苦しみ、恨みや憎しみ、人生の中にある呪い、涙、ため息、その全てをイエスは背負って十字架の上で処分して下さいました。だから私たちは大丈夫です。
イエスは「さあ向こう岸へ」と常に私たちを成長へと促して下さいます。そこには確かに、嵐や大波も起こります。でも、私たちの人生の生々しい現実の嵐、荒れ狂う水、どんなものでもイエスが共にいて下さるから大丈夫です。そして、物語は次へと展開していくのです。イエスが共にいて下さる限り私たちのいのちは古びません。イエスによって私たちは成長させられます。イエスと共に前進する者でありましょう。
万代栄嗣(まんだい・えいじ)
松山福音センターの牧師として、全国各地、そして海外へと飛び回る多忙な毎日。そのなかでも宗教を超えた各種講演を積極的に行っている。国内では松山を中心に、福岡、鹿児島、東京、神戸、広島、高松にて主任牧師として活動中。キリスト教界のなかでも、新進気鋭の牧師・伝道者として、注目の的。各種講演会では、牧師としての人間観、ノイローゼのカウンセリングの経験、留学体験などを土台に、真に満足できる生き方の秘訣について、大胆に語り続けている。講演内容も、自己啓発、生きがい論、目標設定、人間関係など多岐にわたる。
また、自らがリーダー、そしてボーカルを務める『がんばるばんど』の活動を通し、人生に対する前向きで積極的な姿勢を歌によって伝え続け、幅広い年齢層に支持されている。
国外では、インド、東南アジア、ブラジル等を中心に伝道活動や、神学校の教師として活躍している。