情勢不安や新型コロナウイルスの感染拡大、イスラム教の断食月「ラマダン」の期間を狙い、過激派組織「イスラム国」(IS)によるとみられる襲撃がイラクで相次いでいる。5月初めには相次ぐ襲撃で、1日の内に兵士や警官ら少なくとも15人が死亡、17人が負傷した。いずれも巧妙に計画された作戦とみられ、「IS復活」への懸念が高まっている。
英ロンドンの中東専門ニュースサイト「ミドル・イースト・アイ」(MEE、英語)などによると、ここ最近で死者が出た最初の襲撃は2日早朝、中部の都市ティクリートから南に約25キロのチグリス川西岸にあるマックシェファで発生。イスラム教シーア派武装勢力「人民動員隊」(PMF)の隊員である若者6人が配置場所から離れ、荷物運搬車の中で日中の断食に備え、夜明け前の食事を用意していたところを襲撃された。
ISとみられる戦闘員らは車両を銃撃するとともに、ガソリンをかけて放火。援軍が到着したときには、6人は黒焦げの遺体で見つかったという。また襲撃現場に通じる道路には爆弾が仕掛けられており、駆け付けた隊員のうち3人が死亡し、4人が負傷した。
米ワシントンの中東専門ニュースサイト「アルモニター」(英語)によると、殺害された6人の多くは、シーア派の地元出身者。襲撃があったマックシェファは、首都バグダッドとティクリートを結ぶ主要道路沿いにある。マックシェファの南約20キロにある都市サマラは、イスラム教スンニ派が多数派を占めるが、シーア派の巡礼地となっているアルアスカリ・モスク(黄金寺院)があり、米軍の急襲で死亡したISの指導者アブ・バクル・アル・バグダディ氏の出身地でもある。
アルモニターによると、サマラの南東に位置するヤスリブ地区のタル・アルダハブでもこの日、夜明け前に襲撃があり、この2つの襲撃でPMFの隊員計11人が死亡。その後、襲撃のあった各都市や村があるサラハディン県内では、死傷者は報告されていないものの、他にも複数の襲撃があったという。
さらにMEEによると、この日の夜9時ごろには、隣接する東部ディヤラ県のザガニアで警察署が襲撃され、警官4人が死亡、10人が負傷した。マックシェファにおける襲撃同様、応援が現場に到着すると銃撃があり、警官3人が負傷、車両2台が破壊されるなどした。この他3日にも、ティクリートの南でPMFに対する攻撃があり、4日もサラハディン県や他の県で戦闘が続いた。
2014年に国外避難するまで、イラク唯一の聖公会司祭としてバグダッドの聖ジョージ教会を担当していたアンドリュー・ホワイト氏は5日、こうした状況を受け、フェイスブック(英語)に次のように投稿し、祈りを呼び掛けた。
新型コロナウイルスのニュースの中で、イラクの大きな危機についてはまったく触れられていません。多くの人々が銃撃や迫撃砲で殺害されました。悲しい事実は、ISが力を付けて戻ってきたということです。友人の政治家数人は、ISが筋肉増強剤を使って復活したようなものだと言っています。彼らは今、以前よりも力を付けているように見えます。私たちは、秩序が回復するように真剣に祈る必要があります。事態は本当に深刻です。
ISは2014年、断続的な奇襲攻撃を繰り返し、イラク第2の都市モスルを含む同国北部と西部の広範囲を制圧。一時はイラクの国家としての存在さえ危ぶまれる事態だった。しかし、米国主導の有志連合などの支援を受け約3年に及ぶ戦闘により占領地を奪還。17年12月にはすべての領土が解放されたとし、ハイダル・アバディ首相(当時)が勝利宣言を出した。
それ以降、ISは大規模な攻撃を行う能力を失い、軍人や民間人を標的とした自爆テロや攻撃は大幅に少なくなっていた。しかし現在も同国北部の山間部で、洞窟などに潜伏しながら水面下で活動しているとみられている。
イラクではこの他、昨年11年に反政府デモの激化を受けて、アデル・アブドルマハディ首相が辞任。約5カ月間の政治空白を経て、今月6日に前国家情報機関トップのムスタファ・カディミ氏を新首相とする新政権が発足したばかり。歳入の9割を原油関連が占める中、原油の価格暴落で財政的に不安も大きい。3月中旬からは新型コロナウイルスの感染防止のため、バグダッドなどで外出禁止令を出しており、治安部隊がその対応に当たっていることから、治安維持が手薄になることへの懸念も高まっている。