2020年の米大統領選に向けて、民主党が忙しくなってきている。昨年の中間選挙では、非WASPの人々、その中でも特に女性の投票率が向上したことで、下院で過半数を獲得した民主党。そのままの勢いで来年からスタートする大統領選へなだれ込むことができるのだろうか。
そんな中、今年1月23日に大統領選へ出馬する予定であると語った37歳の青年市長が、14日に正式に出馬を表明した。名前はピート・ブダジェッジ(Pete Buttigieg、一部報道では「ブーティジェッジ」と表記)。中西部インディアナ州にあるサウスベンドという人口10万人程度の地方都市の市長である。
ブダジェッジ氏は、ハーバード大学で歴史学を学び、ローズ奨学生として選出され英国のオックスフォード大学に留学した経験を持つ。29歳の若さでサウスベンドの市長となり、市が製造業の衰退であえいでいたところ、その手腕で経済状況を好転させた。さらに驚きなのが、市長在任中に米海軍の予備役として、アフガニスタンで7カ月間も従軍しているのである。米国において軍隊経験があることは、好感度アップにつながる。
信仰面については、米CNNとの最近のインタビュー(英語)で語っている。それによると、父親はマルタ出身の移民で、一時はイエズス会の司祭を目指したこともあったという。そのためブダジェッジ氏は、カトリックの幼児洗礼を受けている。しかし両親は頻繁に教会に通うことはなく、ブダジェッジ氏も大人になるまで自身をカトリック信者だと考えたことはなかったと話している。しかし、オックスフォード大学留学時に英国国教会(聖公会)の礼拝に出席するようになり、宗教観に変化があったという。帰国するころには、聖公会の信者だと考えるようになり、サウスベンドでは地元にある聖公会の教会に通っている。
1月に大統領選へ挑戦する旨を発表したが、当初はあまり相手にされず、各種世論調査でも支持率は0パーセントに近かった。しかし3月10日に全国中継された市民対話集会で頭角を現わし、他の候補者との違いをアピールするのに成功。その結果、民主党の予備選の流れを左右するといわれるアイオワとニューハンプシャー両州の世論調査では、ジョー・バイデン前副大統領、バーニー・サンダース上院議員に次いで、第3位に食い込むという健闘ぶりであった。ここで一気にメディアが彼に着目したというわけだ。
そして、多くの耳目を集めたのは、ブダジェッジ氏が同性婚を公表していることである。彼は昨年、同性パートナーである教師のチェイスン・グリーズマンさんと結婚している。この事実に基づいて、各紙はすでに「米史上初めて同性婚を公表する大統領」となる可能性さえ示唆している。ニューヨーク・タイムズ紙は、昨年6月の段階でブダジェッジ氏を取り上げ、「ピート・ブダジェッジ氏はいつか大統領になるかもしれない」(英語)とする記事を掲載している。
「史上最年少」「史上初の同性婚者」という文字が躍る紙面には、その背景に「反トランプ」の思想が色濃く見える。同時に、ドナルド・トランプ大統領を支持している(といわれている)「福音派」に対する挑戦とも受け取れる。
ブダジェッジ氏だけでなく、現在民主党で大統領選に立候補を表明、またはその準備を公にしている候補者は19人いる(16日現在)。その中でメディアが注目している有名候補者は以下の通りだ。
- エリザベス・ウォーレン氏:リベラル派の指導者、ウォール街の痛烈な批判者の一人。
- フリアン・カストロ氏:オバマ政権時代に住宅都市開発長官を務めた。メキシコ移民の孫で、現在唯一の中南米系候補。
- タルシ・ガバード氏:ハワイ州選出の下院議員。ヒンズー教徒。
- キルステン・ジルブランド氏:性暴力撤廃を訴えた「#MeToo(私も)」運動を主導した一人。
- カマラ・ハリス氏:カリフォルニア州選出の上院議員。インドとジャマイカ移民との間に生まれた。
トランプ氏に対抗する主義主張のみならず、人種的、ジェンダー的にも「反トランプ」包囲網が民主党には敷かれようとしているのかもしれない。しかし行き過ぎた「リベラル化」が果たして政権奪還につながるかというと、そうは簡単にいかないという分析もある。
これは前回の大統領選でも言われていたことだが、民主党内では現在、穏健派と左派との対立が(さらに)激化しているとされている。2016年に、穏健派のヒラリー・クリントン氏に対して、左派の代表格であるバーニー・サンダース氏が最後まで抵抗を続けたこで、民主党内の思想的対立が現在も続いている。特に後者(左派)は、ヒラリー氏が民主党の代表候補になった後も批判を続け、「左派が投票に行かなかったことでトランプ氏が当選した」というロジックまで生まれてしまった。
成蹊大学法学部教授で米国政治を専門とする西川隆行氏は、昨年の中間選挙後に次のような考察を述べている。
近年では有権者レベルでも分極化が進んでおり、共和党支持者はとりわけ民主党左派に強く反発している。2016年大統領選挙でトランプが勝利したのは、本来ならば民主党に投票してもおかしくなかった白人労働者層の支持を獲得できたためであり、彼らは人種やジェンダーに関する争点を嫌っている。(中略)社会的保守派がこれまで以上に共和党の下に団結している。共和党は民主党が非現実的で過激な立場をとっていると批判している。民主党左派が強くなるのは、トランプ的共和党候補にとっては思うつぼだともいえる。(笹川平和財団・日米交流事業SPFアメリカ現状モニター「2020年大統領選挙に向けて民主党はどうなるのか?」より)
この西山氏が語る文脈でブダジェッジ氏の出馬表明を考えるのであれば、やはりこれは「福音派」の民主党支持者たちを切り捨ててしまうことにならないだろうか。同性愛者であることを前面に出す候補者であれば、大きな衝撃を福音派陣営に与えることになる。
もちろんこれから、本選よりも過酷な「予備選」が始まり、まずはそれを勝ち抜くことが各候補者には求められる。そのため、ブダジェッジ氏が「泡沫候補者」としてレースから撤退するのか、それとも「史上初、最年少同性婚大統領」という(おそらく本人は嫌がるだろう)肩書を抱いて、現職のトランプ氏に挑むのか、そこに注目していきたいと思う。それはすなわち、「福音派」がどの程度米国内で影響力を保持しているかを測る試金石になるだろう。そういった意味で、このような「反福音派的」候補者の存在は意義深いと思われる。
良きにつけ悪しきにつけ、米国はこうした宗教的要素が政治に多分に影響を与える国である。こうした個人の性的指向までもが候補者選択の一要素に還元されてしまうことは避けられないだろうし、本人も承知の上だろう。いずれにせよ、また4年に一度の「王様選び」が米国を熱狂の渦に巻き込んでいくことだけは間違いない。
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