ドナルド・トランプ米大統領が公約に掲げていた「メキシコ国境の壁」建設をめぐって、共和党と民主党が対立している。そしてその余波は全米に暗い影を落とし始めている。与党・共和党側は、この壁の建設費57億ドル(約6260億円)を年間予算に組み込もうと目論み、それに強硬に反対する民主党とにらみ合いが続いている。年間予算が決まらなければ、政府機関も運営が滞ってしまう。そのため昨年12月22日以来、一部の政府機関は閉鎖に追い込まれてしまった。
現地時間1月25日夜、トランプ氏は2月15日までの期限付きで政府機関を再開する暫定予算案に署名し、膠着(こうちゃく)状態にとりあえずの進展を与えた。与野党は3週間かけて壁の建設費についてさらなる話し合いを続けることになった。多少不謹慎を承知で申し上げるなら「決戦は金曜日(2月15日)」である。
米国では年間予算をめぐって与野党が対立し、政府機関が閉鎖に追い込まれることは何度かあったが、今までの最長記録は1995年のクリントン政権時代の21日である。これをトランプ政権は1月13日に更新し、35日間という不名誉な記録を作ってしまったことになる。
また1月14日、毎年の恒例行事が別の意味で人々の注目を集めた。米国では、全米大学フットボール選手権で優勝したチームを大統領がホワイトハウスに招き、夕食を振舞うのが慣例であった。トランプ氏は、昨年優勝したクレムソン大学(サウスカロライナ州)のチームをホワイトハウスに招待した。しかし、職員の多くは政府機関閉鎖の影響で一時帰休していたため、食事の提供ができない。そこでトランプ氏は、代わりに市内にある複数のファストフードのチェーン店(マクドナルド、バーガーキング、KFCなど)からハンバーガー約300個、そして多数のピザを出前させてチームをもてなしたのである。
議会は、壁の建設費を協議するべく、両院合同の超党派による特別会議を設けることになっている。政府機関閉鎖が長引き、国民の批判がトランプ政権に向けられたため、トランプ氏としては不本意ながらも、野党・民主党の提案をほぼそのまま受け入れることになった。しかし事態は予断を許さない。
ここに、米世論調査機関「ピュー研究所」による1月16日付のデータ(英語)がある。それに基づいて精査するなら、マスコミをにぎわせている表面的な動向の背後で、米国の意外な一面を垣間見ることができる。
2016年、米国にいる不法移民は1070万人に上る。しかし、これはピーク時(1220万人)の07年から13パーセント減となっている。つまり、大統領選でトランプ氏がヒラリー・クリントン氏と舌戦を繰り広げていた当時、不法移民は減少傾向にあったのである。それなのにどうして「メキシコとの国境に壁を建設する」というトランプ氏の公約が、それほど大きな問題となったのであろうか。
ピュー研究所の別のデータ(昨年11月30日付、英語)によると、16年に米国には4370万人の移民がおり、そのうち不法移民(1070万人)は全体の4分の1以下だった。つまり他の4分の3以上は合法的な移民ということになる。
さらにこの不法移民のうち、報道によると、2018年1月から11月までにメキシコとの国境付近で拘束されたのは41万人程度だったという。千万人のうちの40万人であれば、5パーセント未満ということだろう。1980〜2000年代には年100万人超だったというが、もちろん40万人でも数字的には大きな数である。しかし問題はここからだ。
ピュー研究所によると、最近では、正規の手続きで入国しておきながら(つまり彼らは不法入国者ではない)、オーバーステイ(不法残留)でそのまま米国に居座るタイプの不法移民が増えているのだという。米国土安全保障省の報告(18年8月7日付、英語)によると、17年会計年度(16年10〜17年9月)にオーバーステイの状態にあるとみられる人は70万人に上る。つまり、たとえ壁を建設し不法入国者を防いだとしても、正規の手続きで入国し、その後不法移民となってしまう人も相当数いるのであり、それが米国の抱える移民問題だということである。
そしてピュー研究所の別のデータ(18年6月28日付、英語)によると、米国にいる移民のうち4分の3以上が「合法的な移民」であることを知っている米国人は、45パーセントしかいないという。35パーセントは、移民の多くが不法に滞在していると考え、6パーセントは半数が不法移民だと考えているというのである(13パーセントは無回答)。
この事実は衝撃的であろう。自国の移民について正しい知識を持っている国民は半数もおらず、4割近くがまったく誤った認識を持ちながら、トランプ政権の壁建設の是非を判断していることになるからである。しかもこの問題のために政府機関が閉鎖され、38万人の連邦職員が自宅待機を余儀なくされ、別の42万人が無給で35日間働かされる事態となったのである。まさに「今そこにある危機」を国民は肌感覚でつかみ取るため、彼らの判断はさらに混迷を極めていく。
これは本来、壁建設うんぬんの問題ではなく、制度として移民を受け入れるかどうかという問題となるはずである。バラク・オバマ前大統領が12年に導入したDACA(若年期に入国した不法移民の若者に対し、強制的に退去させないことを保証する法律)を改正しようとする流れがトランプ政権にはあるが、これこそが本来議論されるべき課題だろう。この点に関しては、ピュー研究所の別のデータ(18年6月18日付、英語)によると、全国民の73パーセントが、「ドリーマー」と呼ばれる不法移民の若者に永住権を与えることに賛成している。つまりトランプ政権はこれを覆すことは容易ではないということだ。だから「壁」にこだわっているのか。この辺りは不透明でまったく見えてこない。
しかし少なくとも現状を鑑みて言えることは、移民に対する上記のような正しい理解を持たないまま議論し、「移民=多くは不法移民」「不法移民=不法に国境を越えてくる輩(不法入国者)」として、すべての移民を排他的に扱う現象はやはり是正されるべきだろう。そうでなければ「壁を造ることに賛成か反対か」だけでは、不毛な議論となりかねない。ちなみに先のピュー研究所のデータ(1月16日付)によると、壁建設に反対する米国民は58パーセント、逆に賛成する者は40パーセントという結果だ。
では、現在国境付近にまでたどり着いた移民希望者たちはどうなっているのだろうか。国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルは、英ガーディアン紙(英語)にアムネスティ・インターナショナル米国代表のマーガレット・ファング氏の現地レポートを掲載し、メキシコ国境の現状を伝えている。彼らは1月28日に、米国から国境を越え、メキシコの国境沿いの都市ティファナへ入り、その後30日から31日にかけて、同じく国境沿いにあるシウダー・フアレスへ向かっている。
ファング氏の報告によると、一団は今回の訪問を通して「避難してきた移民希望者たちに対して、メキシコ政府は資源やインフラ、そして体調を維持する点においても、ほとんど機能していない」と結論付けている。
これまで何度も繰り返してきたが、これは単なる主義主張の「分断」現象ではない。米国を「米国」たらしめてきた「移民たちの統合による国家建設」という看板が傾き始め、国家の支柱となってきた「統合作用」と「変革作用」が機能不全に陥りつつあるということではないか。つまり、「分断」ではなく「メルトダウン」現象が「アメリカ合衆国」を蝕みつつある、といえるのではないだろうか。
2月15日を後10日余りで迎えようとしている現在、水面下ではさまざまな駆け引きが行われているのだろう。何か良き解決策はないか、と祈る日々が続く。
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