沖縄県にあるキリスト教主義病院「オリブ山病院」(特定医療法人「葦(あし)の会」運営)が今年、創立60周年を迎え、13、14の両日、淀川キリスト教病院の柏木哲夫理事長による記念講演会を開催した。13日にオリブ山病院礼拝堂で行われた講演会は職員向けのもので、14日は宜野湾市民会館で一般にも開放して行われた(関連記事:「いのちに寄り添うホスピスケアに学ぶ病院」 オリブ山病院創立60周年記念で柏木哲夫氏が講演)。以下に、13日の講演会に参加したオリブ山病院院長の宮城航一氏によるレポートを掲載する。
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オリブ山病院は今年創立60周年を迎えた。これを記念して、姉妹病院関係にある淀川キリスト教病院理事長の柏木哲夫先生をお招きし、講演会を開催した。13日は、職員向けの講演を「支えるケア、寄り添うケア」というタイトルでしてくださった。柏木先生は、1984年に淀川キリスト教病院にホスピス病棟を開設し、日本におけるホスピスの普及に貢献してこられた。
柏木先生によると「全人的医療」という言葉を初めて使った方は、淀川キリスト教病院初代院長のフランク・A・ブラウン先生だという。人間は、体、心、魂、社会性を持つ存在だが、人をこのすべてを包含した存在として医療することが全人的医療である。淀川キリスト教病院と同じように、オリブ山病院も特に魂のケアに焦点を当てた全人的医療を実践している。
「ホスピス緩和ケア」は、1960年代には「ターミナルケア」と呼ばれていた。70年代には「ホスピスケア」と呼ばれ、80年代には「緩和ケア医療」、90年代からは「End of Life Care」と言われるようになった。柏木先生はホスピスケアを当初、「その人がその人らしく人生を全うするのを支えるケア」と定義していたが、やがて「その人がその人らしい人生を全うするのに寄り添うケア」と定義を変更すべき、と考えるようになったという。
がんの病期(ステージ)によって医療者の取るべき態度は異なる。がん治療期にある患者には “励まし” が必要だが、がんが再発したり、進行がんと判明したりすると、患者の “萎(な)えた心の支え” になる態度が求められる。末期がんとなれば、患者に “寄り添う” ことが取るべき態度となる。このようにがんのケアといっても、病期によって異なる態度が求められると説明された。
全人的医療には、差し出すことができる技術力、支えることができる技術力と人間力、寄り添うことができる人間力、背負うことができる宗教の力の4つの力が必要だという。がん末期になると神の存在を伝えることが必要になる。
末期がん患者の横にいて、患者と同じ方向に進み、患者のいる場から逃げ出さずに患者と同じ空間を共にすることが “寄り添う” である。“支える” は主に技術の提供であるのに対して、“寄り添う” で提供されるのは人間(人格・人間性と理解した)である。がん末期にある患者に感謝と安らぎを生ぜしめるのが “寄り添う” ケアである。緩和ケア医の仕事は、症状のコントロールができれば終わり、という考えがあるが、本来の緩和ケアの目的は「人間を提供して寄り添うことにある」と、全人的医療的緩和ケア医の在り方を強調された。
最近のがん治療は、分子標的治療薬の出現により、もしかすると治療効果が得られるかもしれないと、最後まで抗がん治療に期待し続ける結果、大切な死に対する準備、死の受容、別れの会話などができないまま死を迎えてしまう例が多くなっているという。先生はこのような状況を「引っ張り症候群」と呼んでいる。
魂を意識したがん末期患者との対話手法として、「理解的態度と受け身の踏み込み、そして寄り添うこと」を勧められた。筆者の理解をまとめると、末期がんの患者に、本人の心の内を語ってもらう対話手法のことである。患者に心の内を語っていただくために、患者の言葉を、共感を持って受け止め、患者の気持ちを問い掛けるように確認するとき、患者は心にある思いを語ってくれるという。この対話手法によって、患者は自ずと今一番の望みが何であるかも話してくれる。このような魂が意識された対話ができるようになるために必要な力、聴く力、共感する力など、10項目を柏木先生は列挙された。2500人余りの方々をみとった経験から、「寄り添う人がいれば、人は一人で旅立つ力を持っている」と思えるようになったという。
柏木先生は、大学時代に講義を受けた中川米造先生(1926〜97)が、71歳で腎臓がんにより亡くなる2週間前に出演したNHK教育テレビ(Eテレ)の特集「医と死をみつめて」で語られたことを紹介された。『医の倫理』などの著者として知られる中川先生は、大阪大学医学部で「医学概論」を講義しており、柏木先生もこの講義を受けたという。
中川先生は番組で、“生命” と “いのち” の違いについて語られ、“いのち” とは「私の存在の意味」「私の価値観」のことで、「これからも永遠に生き続けます。ですから私は死が怖くありません。これまでの医学は “生命” を診てきましたが、“いのち” は診てこなかった。これからの医学は “いのち” も診ていく必要があります」と言われていたという。柏木先生はこれを受けて、“いのち” を支えることが「死後の世界で生きるという希望を支える、死後のいのちの希望を支えることである」と講演を締めくくられた。