ドイツ・カトリック司教協議会は1月25日、ローマ教皇フランシスコが「主の祈り」の訳を改訂すべきだとする見解を示していたことに対し、改訂は行わず、現行の訳を使用し続ける立場を示した。
フランスのカトリック教会は昨年12月、主の祈りの「我(われ)らをこころみにあわせず」の部分を、フランス語で「我らを誘惑に導かず」と訳していたものから、「我らを誘惑に陥らせず」と訳するものに変更した。その後、教皇はテレビ番組の中で、主の祈りに使われている現行の表現は、サタンではなく神が直接、人を罪に導いたり、罪を強要したりすることを暗示するとして、訳の改訂を支持する発言をしていた。
これに対し、この問題を議論してきたドイツ・カトリック司教協議会は、現行の主の祈りの表現を変えるべきではない強力な「哲学的、釈義的、典礼的」理由があり、「少なからぬエキュメニカル的」理由もあると説明し、改訂しないことを明らかにした。
カトリック系ニュースサイト「クラックス」(英語)によると、「我らをこころみにあわせず」の部分は「全能の神に抱かれ、(罪から)贖(あがな)っていただくことへの信頼」を示している、と同協議会は述べている。また、伝統的表現の踏襲は、プロテスタント教会や他の教会との連帯を維持することにもつながると指摘した。
一方、英ガーディアン紙(英語)によると、教皇は昨年12月、イタリアのカトリック系テレビ局「TV2000」の番組で、現行の主の祈りの表現について次のように語っていた。
「これは良訳とはいえません。なぜなら、神が(罪を犯すように)誘惑すると述べているからです。・・・しかし罪を犯すのは私であって、神が誘惑に陥るよう強要したり、私の堕落ぶりを眺めたりするわけではありません。父親はそうはしません。子どもが倒れたら、すぐに立ち上がらせてあげます。私たちを誘惑に導くのはサタンです。それがサタンの持ち分なのです」