国際色豊かな東京・新大久保に、賛美歌のBGMが流れる歯科クリニックがある。台湾出身の星野鴻一(こういち)院長が、妻の恵美子さんと二人三脚で運営する「新宿歯科クリニック」だ。外国人も受診しやすいクリニックを目指し、2004年に開業。今では患者の8割が外国人だという。そんなクリスチャンの歯科医である鴻一さんが、最も大切にしているのは患者との関係性。すでに成人している2人の子どもも両親の信仰を受け継ぎ、家族の絆は深い。仕事も家庭も神からの祝福であふれる2人に話を聞いた。
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――歯科医になろうと思った理由を教えてください。
鴻一:高校時代、哲学書など難しい本が好きで、その影響からか精神的なものに引かれ、一時は精神科医を目指していた時もありました。でも、精神科の治療は、患者の症状を抑えるだけで、完治する見込みはあまりないことを知り、できればすぐに役に立って、結果が目に見えるものの方が自分に向いていると思い、行き着いたのが歯科医でした。歯科医は、他分野の医師に比べると大したことがないと思われがちですが、歯がないと噛むことができず、思うように食べられません。それを考えただけでも、歯科医は人が幸せに生きていく上で、とても大切な手助けをしていると思っています。
――この場所で開業した理由を教えてください。
鴻一:もともと日本人の歯科医が運営していたクリニックがあったのですが、外国人の患者相手に苦労して閉めてしまい、売りに出されました。当時は埼玉・大宮で別のクリニックを運営していましたが、通っている教会の人からは「行きたいけれど、遠いから行けない」とよく言われていて、いっそう東京にもう一つクリニックを開こうかと思っていました。それで、その物件を知るようになり、安く譲ってもらったのです。軌道に乗るまで4カ月ほどかかりましたが、今はもう1人先生を増やすことを考えているほどです。今考えたら、当時はずいぶん大胆なことをやったと思いますが、あの時は少しも不安はなく、最初からうまくいくという確信がありました。
恵美子:最初、東京はごみごみしていて嫌だなと思っていました。ところが、物件を内見しに来たら、ちょうどビルのオーナーさんと会い、「私は近くの教会で聖歌隊をしているのよ」と言われました。日本のクリスチャン人口は1パーセントと少ないのに、どうしてここで会えるのかと。これは神様の導きだと確信しました。
――治療で大切にしていることを教えてください。
鴻一:治療で一番大事にしているのは患者との関係性です。信頼関係をつくらないと、納得できる治療はできません。そうでない治療は危険です。トラブルになりやすく、途中で治療をやめてしまう人もいます。医師は患者の病気ではなく、まずは患者本人に関心・興味を持たないといけないと思います。患者は実験体ではないのですから。関係性は、信仰においても大切なことです。神様と直接話をするような関係性が大切です。
――外国人も受診しやすい国際的な歯科医療を目指されているということですが。
鴻一:私は、台湾の高雄医学大学歯学部卒業後、徴兵制での兵役を経て、日本台湾交流協会の国費留学生として来日しました。父が日本好きで、よく話を聞かされていたので、いつか日本に行きたいと思っていたのです。日本では長崎大学大学院の医学部で学びましたが、日本台湾交流協会から奨学金をもらえたことは、人生の中でもトップに入るほどうれしいことでした。そういう経緯もあり、「日本の国際化に貢献したい」「外国人でも受診しやすいクリニックをつくりたい」と考えてきました。今は患者の8割が外国人で、中国や米国、ポーランド、ハンガリー、オーストラリアなど、さまざまな国出身の方々が来られています。ただ、私自身が外国人ということで苦労もありました。テナントに入るのが難しく、学歴や経歴はまったく関係なしに、外国人という理由だけで断られたこともあり、大きなショックでした。
現在は、今の仕事以外でも日本の国際化に貢献したいと思い、自宅を開放してホームステイの受け入れをしています。日本と台湾、また日本とそれ以外のさまざまな国との友好をつなぐ橋となる使命を感じています。娘がロシア人と国際結婚をしたこともあり、今は特にロシアとの関係に焦点を絞っています。日本と台湾は隣国としては珍しいくらいに仲が良いですが、ロシアも実は日本にとっては隣国で、しかもロシア人は日本人が好きなんです。ただ、北方領土の問題があり、まだまだ関係が深くないところがあります。まずはロシアとの友好関係を強めたいと思っています。
――お二人を見ていると、とても仲が良いことが分かります。秘訣はありますか。
恵美子:家でも職場でも一緒にいるので、前後の説明がなくても何を話しているのかすぐ分かります。意見が違っても言い合いにならないのは、一度黙って、神様に祈り尋ねるからだと思います。そうすると不思議と「そうだよね」と納得できる言葉が返ってきます。それから、台湾の人は家庭を大事にします。仕事よりも家庭。だからどこかに出掛けるのも家族一緒で、休日は1人でゴルフに行くというようなことはないんですね。
――伝道や子どもへの信仰継承についての考えを聞かせてください。
恵美子:以前は教会で、新しい人が来るとすぐ祈って「どうですか、イエス様を信じませんか」みたいなことをやっていたのですが、日本ではこのやり方はダメだと気付きました。まずは自分で見せないと。仕事が祝福され、家庭が祝福され、そして「どうしてそうできるの?」と、相手の方から聞いてくるようでなければ。最近は子どもも成人し、余裕ができたことからスポーツジムに通っていますが、「あなたを見たら落ち着いたわ」と言われたことがあります。そういうのが積み重なって証しになっていくのではないかと思います。行動、行い、生き方です。
鴻一:子どもは親をコピーします。そういう意味で、家庭は大切です。家族が良い関係にならないと幸せになりにくい。それは1日や2日で出来上がるものではなく、小さい頃からの共通の思い出が必要です。一緒に旅行したり、食事をしたりとか。神様が与えてくださる時間は限られています。親が子どもに「愛している」と言っても、家にはいつもいない。そうすると子どもは「自分は愛されていないのでは」と感じてしまう。誕生日にプレゼントを贈るよりも、子どもと一緒にいる時間が、特に20歳までの人格形成にとっては大事です。そのことを後になって後悔する親はたくさんいます。
また、子どもの教育を学校に丸投げするのは危険です。神様が大切、家族が大切、人間関係が大切ということを、親が身をもって子どもに示し、手渡ししていく必要があります。恵美子とも話すのですが、「子どもを育てるのは、1つのプロジェクトみたいだね。今は2人とも20歳を越えて、ハーベストタイム、収穫の時期が来たのかな」と。自分の子どものことはまったく心配していません。それは、一緒に過ごしてきた時間があるからだと思っています。わが家は、いつでも帰りたくなるような家、帰ったら休めて、エネルギーをもらえる家です。
――このクリニックはお二人の家庭の延長のようですね。
恵美子:このクリニックに来られた方が、温かさを感じ取ってもらえればと思っています。そしてその温かさは、私たちを通して神様の愛から来るものなのだと気付いてくれればと願っています。