クリスチャンの現役医師として、多方面で活躍し続け、2017年7月18日、105歳で逝去された日野原重明先生。本書の「はじめに~言葉を杖にして」には、本書を著した意図が次のように記されています。
「・・・ですが今、いちばんしたいのは対話です。私のもとに来てくれた、たった一人の人に、言葉を遺したい。残された命の時間、自分に与えられた体力を考えるほどに、その思いは強くなりました」と。
ですから、本書は、読者である私たち一人一人への先生からの最後の遺言です。本書は、先生のキリストへの信仰と情熱、先に召された奥様への深い愛情や患者たちに対する思いやり、家族、友人たちへの情愛に満ちています。
何よりも驚いたのは、先生最後の本書で、聖書の言葉を最優先し、ご自分のキリスト教信仰を鮮明にされていることです。「僕が学んだ、人生に奇跡を起こす方法。それは『まことの信仰を持って奇跡を起こした人と一体化する』ということです」(131ページ)、「肉体がなくなり、2000年以上の時を経て、イエスが生きている。まことの信仰を持って生きたイエスと一体化すること。僕の身の上に奇跡が起こったとすれば、その理由はただ一つ、イエスと一体化したことだと思います」(132ページ)。
これほどご自分の信仰を明確にされたことに驚きとともに、深い感動を覚えました。今日までの日野原先生の偉大な多くの業績、活動の秘密を垣間見た思いです。使徒パウロによる聖句を連想しました。「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです」(ガラテヤ2:20)
次に驚いたのは、死ぬことが恐ろしいと率直に打ち明けられていたことです。「僕は、そう遠くない未来に自分が死ぬという事実を、とても恐ろしいことだと感じています。・・・死ぬということは人間にとって、また僕にとっても経験していない『未知』の部分なので恐ろしいのだと思います」(17、18ページ)。この先生の告白に最初、私は意外な印象を受けました。「105歳の長寿でクリスチャンドクターの日野原先生は、死が怖いわけがない」と勝手に決め込んでいました。
けれども、先生の正直な告白に、どこかほっとしました。死が怖いと告白している一方で、「死と生は切り離すことのできない一続きのもの、いや同じものなので、残された時間を無駄にせず、与えられた使命をまっとうできますようにと、毎日祈りながら暮らしています」と打ち明けられています。やがてご自分の死を受け入れられた先生は、穏やかで安らかな安堵のお顔をされていたといいます(182ページ)。
友人関係についても示唆深い言葉を遺されています。多くの友達がたくさんいるから良いというわけでもなく、「たった一人でも、真の友と呼べる人がいれば、僕の心は満たされるからです。・・・では、本当の友達とはいったいどんな存在なのでしょうか。僕にとっては、僕のために祈ってくれる人です」(63、64ページ)。この言葉にもはっとさせられました。祈ってくれる友が幾人もいることは、本当に大きな恵みです。
93歳で召された最愛の奥様についても次のように述懐されています。「それまで当たり前のようにそばにいたのですから、肉体がなくなってしまったということはやはりとてもさびしいものです。しかしその一方で、彼女の姿が、ますます、いやむしろ生きていたときよりも鮮やかになっているのを感じます。それが魂というものなのかもしれません。僕と妻は魂でつながって、実際に今も一緒に生きているように感じるのです」(51ページ)。奥様を深く愛し、思いやっておられる先生の心情に感動します。
さらに先生のおちゃめでユーモラスな面も垣間見ることができました。「どうしたら先生のように、年をとっても若く元気でいられるのでしょうか?」という質問に対して、こう答えられています。「僕は、食べることや健康習慣だけでなく、美容にもそれなりに気を使っているのです。実は、この年末に、肌のしみとりにもチャレンジしてみたのです」(153ページ)
ユーモアの必要についても、こう強調されています。「あなたにもおすすめしたいのは、ユーモア、つまり笑いの効用です。・・・どんなときにもユーモアは必要で、一緒に笑い合うというのは、心と心の壁をとる、一体感を生んでくれるものだと実感したのです。いつも笑い声に溢れた私達でありたいものですね」(162、163ページ)
牧師家庭に生まれ育った日野原先生ですが、牧師にならず医師として、牧師が入り込めない分野において、牧師、伝道者以上に果敢に、キリストの証しをされ、天に凱旋されました。その驚異的業績、生き方は、残された私たちに大きな勇気と希望を与えてくれます。
昨年、日野原先生は、ご自分がプロデュースされている韓国のテノール歌手べー・チェチョルさんのコンサートに美智子妃をご招待されました。今日、日韓関係は、とても良くない不幸な状態が続いています。その最中で先生が、韓国人べー・チェチョルさんと心温まる友情関係を築かれたことは、人と人とのつながりが国と国との関係を凌駕(りょうが)し、やがては国と国との平和を必ずもたらすという確信を表しています(77ページ)。
日野原重明先生、人生最後の本書は、日本のすべての方々に読んでいただきたい、優しさに満ちた「愛と希望の遺言」です。
日野原重明著『生きていくあなたへ 105歳 どうしても遺したかった言葉』
2017年9月28日初版
幻冬舎
1000円(税別)
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