米国を中心とする福音派の指導者らが8月末、ジェンダーと性的指向の問題に関して、保守的な神学的立場を支持する「ナッシュビル宣言」(英語)を発表した。宣言は14の条項からなり、「われわれは〜に同意する」「われわれは〜否定する」という形式で、同意または否定する価値観を宣言している。
「聖書的男性像・女性像協議会」(CBMW)がまとめたもので、米国を中心とする著名な福音派の指導者ら165人が初期署名者として名を連ねている。8月29日に発表されて以来、賛同者は増え続け、9月23日時点で1万7千人を超える。
序文では、「ますますポスト・キリスト教的になる西洋文化は、人間であることの意味をとても大きく変えようとしています」と述べ、昨今の社会に対する危機感を表明。「われわれは、自分たちの世代において忠実であることは、もう一度世界の真実のストーリーと、その中におけるわれわれの立場――特に、男性と女性としての立場を宣言することだと迫られています」と続く。
宣言をめぐっては、米国のキリスト教界でさまざまな反響を呼んでいる。健全で正統な見解であると宣言を歓迎する声がある一方、有害な偏見を強めるとして非難する声もある。ここでは、米国のさまざまな立場にあるキリスト教指導者や教団・団体による、ナッシュビル宣言に対する7つの反応を紹介する。
ラッセル・ムーア氏
米最大のプロテスタント教派である「南部バプテスト連盟」(SBC)の倫理宗教自由委員会委員長であるラッセル・ムーア氏は、ナッシュビル宣言の初期署名者の1人だ。ムーア氏は、CBMWのウェブサイトに掲載された推薦文(英語)の中で、宣言は「福音の明快さが緊急に必要とされている時」に応じて出されたものだと語った。
「(1960年代に起こった)『性の革命』は約束を守ることができません。そして教会は、より良い希望を必要とする多くの人々を思いやりをもって受け入れる用意ができていなければなりません。ナッシュビル宣言はその使命の一部であり、この先何年も、イエス・キリストの福音に、教会とクリスチャンをしっかりと固く立たせることに役立つようにと、私は祈っています」
アメリカ合衆国長老教会
主流派(メインライン)の教団であるアメリカ合衆国長老教会=PC(USA)は、性的少数者を支持する立場を取っており、こうした姿勢に反対する保守的な所属教会が何百も離脱している。ナッシュビル宣言に対しては、「神学と礼拝」委員会が、PC(USA)を「同性愛の問題に関しては不可知論的立場にある」などと説明する宣言(英語)を発表した。
同委は宣言で、「ナッシュビル宣言に関して言えば、PC(USA)の忠実な導き手となり得るかもしれません。また、結婚は男女間のものであると信じることなど、宣言の幾つかの点は同意することができると思われます」とコメント。その一方で、「他の項目、特にトランスジェンダーの人々に関する条項は、PC(USA)が公に明確にしている立場を越えています」とした。
ナッシュビル宣言は5条で、「われわれは、身体的異常または精神的状態が、神が定められた、生物学的性と男または女としての自己認識のつながりを、無効とすることを否定します」と述べている。
同委はこの「(自身の性に対する)自己認識」に関する見解について、「トランスジェンダーの人々の経験を正当に評価していません。トランスジェンダーの人々の経験は、同性に魅かれる人々をめぐる問題にうまく適合しません」と主張している。
レイチェル・ヘルド・エバンス氏
「進歩的福音主義」の著作家であるレイチェル・ヘルド・エバンス氏は、ナッシュビル宣言が性的少数者を傷つけるとツイッターに投稿した。
「どんな種類の歪んだ『愛』の表現が、LGBTQの子どもたちを受け入れる両親は信仰の外におり、子どもたちに自殺や隠し事、痛みをもたらすと宣言するのでしょうか?」
「『私たちはあなたを愛しているから、事実を曲げて伝えます。私たちはあなたを愛しているから、あなたを選び出し、烙印(らくいん)を押し、のけ者にします』。これは紛れもなく虐待です」
ジョン・パイパー氏
福音派の神学者であり、ウェブサイト「デザイアリング・ゴッド」の創設者であるジョン・パイパー氏も、ナッシュビル宣言の初期署名者の1人だ。デザイアリング・ゴッドに投稿された記事(英語)でパイパー氏は、CBMWが1987年に発表した「ダンバーズ宣言」(英語)に言及。この宣言は、「性の革命」が進み続ければ、「われわれの家族、教会、文化全体の中でますます増大する破壊的な結果」をもたらすと警告していた。
「これらの『破壊的な結果』が生じているのです。ナッシュビル宣言はそれらを扱っています。私は皆さんが宣言を注意深く読むことを願っています。この宣言により、世界がキリストに服従するようにという預言的で恵み深い召しを聞き、神がご自身の御言葉の中で与えてくださっている美しさと真理に強く立つようにという召しを教会が聞くように、と私たちは祈るでしょう」
マーク・トゥーリー氏
米国のキリスト教系保守シンクタンク「宗教民主主義研究所」で会長を務めるマーク・トゥーリー氏は、同研究所のブログに投稿した記事(英語)で、ナッシュビル宣言に対する批判を分析した。
トゥーリー氏は、ナッシュビル宣言に反対するクリスチャンは、キリスト教全体で非常に小規模の少数派であり、性的少数者の問題に関して、米国民の主流派の見解を受け入れながら苦しんでいる人々だと主張する。
「反対の立場のキリスト教団体はほとんどすべて、西洋のリベラルなプロテスタントの諸教団に限定されています。もしナッシュビル宣言を批判する人々が正しければ、これらの死にかけている諸教会は、時代の精神を受け入れることで勢いがあるはずです。しかし、ほぼあらゆる文化と時代において、霊的な求道者は(一般社会に)順応する宗教ではなく、挑戦する宗教にもっと引き付けられるのです」
ジェームズ・マーティン氏
米国のイエズス会が発行する週刊誌「アメリカ」の総合監修を務めるイエズス会士のジェームズ・マーティン氏は、米ワシントン・ポスト紙に「性の問題を扱った『ナッシュビル宣言』に応える7つのシンプルな方法」(英語)というコラムを執筆した。マーティン氏は、宣言の形式をまねて次のように述べている。
「私は、神がすべてのLGBTの人々を愛していることに同意します。私は、イエスが私たちに対して、彼らを侮辱し、裁き、あるいはさらに疎外することを望んでいるということを否定します。(中略)私は、私たち全員が回心する必要のあることに同意します。私は、LGBTの人々が、何らかの形で、罪人の頭(かしら)、あるいは唯一の罪人として選ばれるべきであるということを否定します」
「私は、イエスが底辺の人々と出会ったとき、イエスは非難するのではなく、彼らを歓迎して導いたことに同意します。私は、イエスがそれ以上裁くことをお望みになったということを否定します。(中略)私は、LGBTの人々は、洗礼により教会の正式な会員であるということに同意します。私は、神が彼らに対して、彼らが教会に属していないと感じるようにお望みになっているということを否定します」
クリスチャンズ・ユナイテッド
神学的にリベラルな立場を取る教会指導者らは、ナッシュビル宣言が発表された翌日の8月30日、宣言に応じる形で「クリスチャンズ・ユナイテッド」(英語)と題する宣言を発表した。126人が初期署名者として名を連ね、賛同者は9月18日の時点で2700人を超える。
初期署名者には、クリスチャンのフェミニストとして知られるレイチェル・ヘルド・エバンス氏、クリスチャンズ・ユナイテッドの発起人であるブランダン・ロバートソン牧師(ミッションギャザリング・キリスト教会)、米国の主流派教団である「キリスト教会」(ディサイプルス派)の会長であるテレサ・テリ・ホード・オーウェン牧師らが名を連ねている。
10の条項からなるこの宣言も、ナッシュビル宣言と同じく「同意する」「否定する」の形式で書かれ、序文では次のように述べている。
「21世紀に、われわれは教会がもう一度新しい宗教改革に自らが直面していることに気づくと信じている。聖霊はその宗教改革の中で、人間の性と性自認に関するわれわれの教えを再吟味するために、聖書とわれわれの伝統に戻るよう呼び掛けている」
「新しい日が教会で始まっており、すべてのクリスチャンは、大胆に悪びれることなく踏み出し、LGBT+のきょうだいたちを神の国の平等な参与者として肯定し、祝うように召されているのである」