2008年にインド東部のオリッサ州カンダマル地区で起きたヒンズー教指導者の殺害とその反動によるキリスト教徒への大規模な暴動の真相を徹底的な調査で解明した、同国のクリスチャン・ジャーナリストによる最近の著書に、その殺害はキリスト教徒による共謀だとする同国のヒンズー教右翼勢力は沈黙しているという。
「それはヒンズー教徒の国家主義者や原理主義者たちを沈黙させたのだ。4度にわたって全国で大々的に出版したにもかかわらず、ヒンズー教の国家主義者や団体で、私の本に反応した者は1人もいない。なぜなら私が掘り出した真実に彼らは反論できないからだ」。今年5月にベリタス・インディア・ブックスから出版された『Who killed Swami Laxmanananda? – Shocking Revelations of Himalayan Fraud & Travesty of Justice in Kandhamal(スワーミー・ラクスマナナンダを殺したのは誰だ?――カンダマルにおける正義についてのヒマラヤの欺瞞(ぎまん)とこじつけについての衝撃的な暴露)』と題するこの本の著者であるカトリック信徒のアント・アッカラ氏は9月1日、本紙にメールでこのように伝えた。スワーミーとはヒンズー教の学者や宗教家に対する尊称で、殺害されたラクスマナナンダ・サラスバティー氏は当時81歳だった。
アッカラ氏は、「神様の力で、私は強力なヒンズー教国家主義者がこの国を支配しているときに、彼らを沈黙させたのだ。彼らは私に対して一言も言ってこないし、今までこの本の知見に反論もしてこない」と述べた。
A5版とほぼ同じ大きさで317ページにわたる同書の中でアッカラ氏は、前書きに自らとカンダマルとの関わりについて述べた上で、事件の発端や、ヒンズー教右翼勢力がカンダマル地区のキリスト教徒たちを、サラスバティー氏の殺人犯に仕立て上げていった過程を検証している。
アッカラ氏はまた同書の中で、その殺人の反動によって、キリスト教徒たちや彼らを守ろうとしたヒンズー教徒たちが、右翼勢力や煽動された他のヒンズー教徒たちによって暴力を受けたことについて、事実関係や証拠、背景を詳細に分析している。この事件では、キリスト教徒100人以上が殺害され、カトリックのシスターを含む女性たちが強姦(ごうかん)され、家屋約6千軒、教会やキリスト教団体の建物約300軒が略奪や破壊される被害に遭った。また、5万6千人のキリスト教徒が住居を追われて難民キャンプでの生活を余儀なくされたという。
そして同書の最後にアッカラ氏は、右翼勢力に煽動されてだまされたと後になって気付いたヒンズー教徒たちが、生き残ったキリスト教徒たちと和解しつつある様子をつづり、ヒンズー教右翼を基盤とする政治勢力が政権を握っている現在のインドの憲法と宗教社会の在り方を問うとともに、欺きや偽りに勝る真実と正義の大切さを強調している。
バチカン放送局(英語版)は、同書の出版発表会が今年5月5日に首都ニューデリーで行われた翌日、「ヒンズー教の指導者に対する2008年の殺害はキリスト教徒によるものではない、と新刊本が述べる」という見出しの記事を掲載した。
同局は、「2008年にインド東部のオリッサ州で起きたヒンズー教指導者であるスワーミー・ラクサマナナンダ・サラスバティーの殺害は、キリスト教徒によるものではなく、後に続いて起こる2次的な被害を心に描いていた勢力によるものだと、木曜日(5月5日)に発行された新しい本が述べた」と伝え、次のように報じた。
人権運動家で国際的なメディアのジャーナリストであるアント・アッカラ氏が表した『スワーミー・ラクスマナナンダを殺したのは誰だ?』というこの本は木曜日(5月5日)、ベテランのジャーナリストで元駐英高等弁務官のクルディップ・ナヤール氏によって、ニューデリーの憲法クラブの行事で発表された。調査に基づくこの本は、2008年8月23日にカンダマル地区で起きた81歳のスワーミーの殺害は、キリスト教徒による共謀であるとする説を覆す一連の出来事を詳述している。続いて起きた暴動で50人近くのキリスト教徒が殺されたと公式に確認された。
サラスバティー氏は、教皇とソニア・ガンジー(イタリアのカトリック家庭出身であるインドの女性政治家)が、同氏をカンダマルのキリスト教化に対する脅威だとみなしていると話していたため、キリスト教徒たちが彼を殺したといううわさを広めるのは簡単だったと、この本は述べた。この殺人の後、殺人犯として糾弾しようと約25人のキリスト教徒たちの名簿がカンダマルで配布されたと、この本は述べている。
カンダマル地区のキリスト教徒4人が、ヒンズー教原理主義者たちによって連行され、彼らのうち2人が暴徒によって残忍な拷問を受けた。それは、彼らがそのスワーミーの殺人犯として警察に突き出される前のことであった。彼らは10月3日に釈放されるまで、違法にも警察によって40日間勾留された。この4人も5月5日に行われたアッカラ氏の本の発表会で自らの体験談を語った。7人のキリスト教徒がサラスバティー氏を殺したとして終身刑を受けている。
アッカラ氏は10月7日、本紙にメールで、この本の出版について、「私にとってそれは使命を果たしたようなものだ。しかし、7人のキリスト教徒が獄中にいるから、仕事はまだ完了していない。改革運動は続けなくてはならない」と伝えた。
サラスバティー氏の殺人容疑で逮捕されたこの7人のキリスト教徒たちは、裁判で有罪判決を受けた後、その内の1人が今年3月に1カ月間釈放されたのを除いて、現在も投獄されたままとなっている。アッカラ氏や支援者らは彼らの釈放を求めて3月以来、インターネットで国際的な署名運動を続けており、賛同者は10月9日現在で1700人を超えている。
米紙「ナショナル・カトリック・レジスター」(電子版)は6月18日、「カンダマルの暴動についての調査に基づく本、キリスト教徒陰謀説に異議」という見出しの記事で、同紙の特派員であるアッカラ氏が、この事件におけるキリスト教徒共謀説に異議を唱えたと報じていた。
また、オリッサ州の英字紙「オリッサ・ポスト」は9月22日、「真実対詐欺、スワーミー・ラクスマナナンダの殺害に関する調査報告書が出版される」という見出しの記事を掲載。同書とアッカラ氏についてカラー写真付きで取り上げた。同紙はヒンズー教右翼勢力を「詐欺」扱いする一方で、アッカラ氏の本を「真実」と呼び、同氏は本紙に「まるで公式の調査報告書であるかのように」見なしたと伝えた。
同26日には、インドの英字紙「マターズ・インディア」(電子版)が、オリヤー語(オリッサ州の公用語)の主要な日刊紙「サムバッド」がカンダマル地区に関する記述を書き換えたという見出しの記事を、同州クルダー県の都市ブバネーシュワルでアッカラ氏ら4人がこの本の出版を発表する様子の写真と共に掲載した。
アッカラ氏によると、サムバッド紙はその記事で、「(ヒンズー教右翼勢力によって)人々はだまされた」と記したという。アッカラ氏は「ブバネーシュワルでの私の記者会見に対するオリヤー語のメディアによる圧倒的に前向きな反応は、ヒンズー教右翼勢力によって『だまされた』ヒンズー教社会の寛大さを示している。だから、オリヤー語のメディアはカンダマルの共謀説についての記述を書き換えたのだ」と説明した。
イエズス会の社会分析家であるアムブローズ・ピント氏は7月23日、南部バンガロールで開かれたこの本の出版発表会で、「この本は、嫌悪というサング・パリバール(「組織の家族」を意味する、インドのヒンズー教右翼組織の連合体)の課題の見取り図を示している」と述べた。この言葉は同書の改訂版に、ジャーナリストや研究者、社会運動家など17人による賛辞の1つとして掲載された。「アッカラ氏の本は、強大な権力をもって不平等や階層制度を推し進めている既得権益と、それに対する平等との間の闘いの一部である。それは探偵小説のように読める」とピント氏は述べている。
アッカラ氏によると、同書はこれまでにインド各地で5千部頒布されたという。インドの準公用語である英語で出版された同書は、マラヤーラム語(インド南部ケララ州などで使われている言語)への翻訳原稿ができており、これから印刷の調整を行うという。
なお、英語の原書は、アッカラ氏によればインド人読者に向けて書かれたものであるとはいえ、インドのカトリック報道団体である「UCANインド」のオンラインショップで日本からも購入することができる。1冊20米ドル。詳しくはこちら。