世界最大のイベントが、ブラジルのリオデジャネイロで始まった。しかし、成功を収めた2012年のロンドン五輪とは裏腹に、リオデジャネイロ五輪には懸念材料が山積している。競技そのものはうまくいくかもしれないが、ドーピング問題で約120人のロシア人選手が欠場して行われるリオ五輪は、増加する貧困や犯罪の問題、あまりにも費用を掛け過ぎたスポーツ施設、衝撃的なレベルの公的負債などを、負の遺産として残すことになるかもしれない。
期待感はとても大きかった。五輪開催権を獲得した7年前、ブラジルは好景気のただ中にあり、確信にあふれていた。しかし当時、人気を博していたルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ前大統領は、今や汚職で取り調べを受ける身だ。後継者であるジルマ・ルセフ現大統領は、弾劾が可決されて以来、180日間の職務停止中であり、ミシェル・テメル副大統領は極めて不人気だ。ブラジルの経済成長率は、10年には7パーセント近かったが、今は急激な不況に陥っている。失業率はほぼ11パーセントで、賃金は激減。住宅、教育、貧困の各対策はいずれもうまくいっていない。五輪開催に巨額の資金が費やされ、国民の不安といら立ちは募るばかりだ。
五輪の華々しさは別として、負の遺産として残されるものに目を向けてみよう。
1. 巨額の負債
リオ五輪では、150億ドル(約1兆5200億円)余りの費用が掛かると見込まれているが、経済の回復によって取り戻せる額は、その内の40億ドル(約4千億円)程度かもしれない。ほんの2カ月前、リオデジャネイロ州知事は、州財政の非常事態宣言を発令し、連邦政府に資金援助を求めた。「治安、健康、教育、運輸および環境マネージメントの全体的な崩壊」を避けるためだ。
ブラジル経済は今年、4パーセント縮小すると見込まれている。この数字は、国民生活のあらゆる分野に影響が及ぶことを意味している。
2. 住民に対する強制立ち退き
五輪会場と関連施設の土地確保の名目で、リオデジャネイロのスラム街から強制退去させられた住民の数を正確に把握するのは難しい。ブラジルの活動家や研究者らによる「ワールドカップ・オリンピック民間委員会」によると、09年から15年にかけて、約2万世帯が立ち退きを迫られた。一方、『Circus Maximus: The economic gamble behind hosting the Olympics and the World Cup(キルクス・マクシムス:オリンピック・ワールドカップ開催の裏にある経済ギャンブル)』の著者であるアンドリュー・ジンバリスト氏は、7万7千人余りが立ち退かされたと述べている。住民らは、「誰のために?」というスローガンを掲げて立ち退きに反対している。
3. 環境破壊
五輪主催者側は、リオデジャネイロにある既存の2つのゴルフコースを使わずに、別のコースを新設する決定を下した。新設コースは、チョウや樹木、その他の希少品種が生息するマラペンディの自然保護地区を侵害している。生物学者であり環境保護活動家でもあるマルセロ・メロー氏は、「五輪主催者らは、ブラジルの財産ともいえる大西洋岸森林を破壊しています」と、英ガーディアン紙で語っている。
4. 犯罪
予算の削減は、リオ五輪の準備に向けた法の執行に、重大な支障をきたす結果を招いた。ヘリコプターは地上から飛び立つことがなくなり、街のパトカーの半数はしまい込まれたままで、警官の給料は遅配になっている。警察はストライキさえ行い、「地獄へようこそ。警官も消防士も給料をもらっていません。リオデジャネイロにお出でになる方の安全は保証されません」という横断幕を掲げて、空港に降り立つ旅行者を迎えた。
昨年12月には事態が悪化し、国連はブラジル警察による黒人ストリート・チルドレンの組織的殺害を非難した。殺害は、五輪開催に向けて「街を浄化する」という名分で行われた。五輪会場には、約8万人の警官や兵士が配備される予定だが、問題の深刻化につながる恐れがある。
5. 公害
リオ五輪の招致時のセールス・ポイントの1つは、汚染が進んだグアナバラ湾を浄化するという公約だった。グアナバラ湾はリオ五輪のセーリング会場となっており、汚染の原因となっている運河の汚水やゴミのうち、生活排水の処理率を少なくとも80パーセントに高める公約になっていたが、これまでのところ50パーセントにしか達していない。AP通信は昨年、リオデジャネイロには、安全に遊泳できる水上競技場が1つもないという報告書を公開している。これは五輪だけの問題ではない。グアナバラ湾の浄化は、全ての人々の生活向上ために必要なことである。
リオ五輪の不安材料となったのはこれだけではない。ロシアのドーピング問題が大きな影を落としている。またジカ熱も観光客の足を遠のかせる可能性がある。ジカ熱の問題は、既にブラジルの公共衛生事業に、過分な重圧をもたらしている。五輪どころではない、という雰囲気さえうかがえるほどだ。
しかし予想とは裏腹に良い面もある。選手らの多く、特に陸上で競技する選手たちにとっては喜ばしい時となる。テレビ番組としては、成功すると思われているからだ。しかし、この五輪では余りにも多くの間違いが起きており、多くの死傷者も出ている。こういった問題を安易に受け取っている人は、目に見えないところにある現実を詳細に調べるべきであろう。特に全ての国々のキリスト者はそうすべきだ。
リオ五輪の場合、文字通りにそう言える。その暗部の象徴として、空港からリオデジャネイロに入る国道沿いに並ぶ巨大な広告スクリーンがある。そして、高さ3メートルほどの防護壁の向こう側には、マレ地区の入り組んだスラム街がある。そこで暮らす人々は、その壁が、自分たちが日々味わっている貧困や暴力、惨めな状況を生み出していると固く信じている。
住民の1人でコミュニティー組織を運営しているエドソン・ディニズさんは、英デイリー・テレグラフ紙に次のように語った。「五輪は、このスラム街で生活する人々に何の益ももたらしていません。以前と同じです。ここの人たちは貧しいかもしれませんが、愚かではありません」