「ONCE ダブリンの街角で」のジョン・カーニー監督の最新作、といえば前作を見た人にはピンとくるはず。キュートでたまらなく愛らしい音楽映画だ。見ていない人はすぐに見てほしい。そして、ほかのジョン・カーニーの映画もぜひ見てほしい(笑)。そう言いたくなるような、誰にでも無条件で新たな青春映画の傑作の誕生だ。
物語は、さえない高校生が女の子にもてたくバンドを始め、仲間と共に音楽の魅力にはまっていく、ただそれだけ。いわばアイルランド版「バンドやろうぜ!」(という雑誌が昔あったのだ)、もしくはアイルランド版「青春デンデケデケデケ」(笑)。
でも、そこは今世界で最も素敵な音楽映画を作り出すジョン・カーニーである。バンドの男の子たちがみな個性的で(でもやっぱりさえない[笑])、何より物語を彩る1980年代のブリティッシュミュージックと、MTV、そしてオリジナル曲がどれも本当に素晴らしくて、懐かしくて、かわいらしくて、愛らしくて、2時間もう胸がキュンキュンして止まらないいとおしい映画になっている。
舞台は1985年ごろの不況にあえいでいたころのアイルランド、ダブリン。離婚しそうな両親、貧乏のため大学を中退し引きこもり気味な兄と共に住んでいるさえない高校生のコナー(でもほっぺがしもぶくれでちょっとかわいい)が主人公。家のごたごたで学費が払えなくなり、コナーはイエズス会の運営するお坊ちゃま学校から、クリスチャンブラザーフッドという団体が運営するシング・ストリート高校に転校することになる。
しかしこの学校、カトリックによる厳格な教育というモットーとはうらはらに、生徒は誰も授業を聞かない(学級崩壊!)、たばこは吸う、けんか三昧と、大荒れの高校だ。おまけに教師である神父たちも口が荒く、すぐに手が出る。コナーもたちまちいじめられっ子になり、暗い学生生活が始まる・・・。
しかしある日、学校の前でロンドンに出てモデルになりたいと語る“イカシタ”女の子に出会う。彼女の気を引くため、彼はバンドを始める。バンド名は高校の名を借りて「シング・ストリート」! 集まったほかの5人のメンバーもみんな全然さえない、いわば学校のスクールカーストの底辺な感じである。でもみんなとっても個性的でかわいらしい。特にバンドのプロデューサー役のダーレンが赤毛で「指輪物語」に出てくるホビットみたいで、生意気でやんちゃでかわいくてたまらない(笑)。
ちなみにアイルランドといえば、ヨーロッパではポーランドと並んでカトリック信仰が最もあつい国だ。その社会の内情もちらりと見えて面白い。不仲な両親だが、80年代当時、離婚は憲法で禁止されており別居(セパレート)という道を選ぶことになる。ただし法律的には結婚は継続しているので、再婚はできない。(ちなみに1995年の国民投票で離婚はようやく合法化された)
古風でまだ息苦しかった時代の空気と、そこから飛び出て若者たちが海の向こうのイギリスに憧れる気持ちがとてもうまく描かれている。
この映画で一番魅力的なのはバンドの指南役となるコナーの兄だ。初めはデュランデュラン(懐)のコピー曲から始めるが、「他人の曲で口説くな」と弟のつくったデモテープを粉々にしてしまう。(ミュージシャンへの道は厳しいの!)
音楽とは何か?さらに弟の恋愛相談にものる。コナーが惚れた女の子には彼氏がいる。兄は聞くのだ。「そいつは何聴いてたんだ?」。弟は答える。「ジェネシス」。「ならイケる。フィル・コリンズを聴いてる男に、女はほれない!」
このあたりのセリフもすごく決まっている(笑)。ちなみに高校生時代、洋楽に詳しくない私の唯一好きなミュージシャンはフィル・コリンズだった。モテたかは聞かないでください・・・。
兄の指導の甲斐あって、「シング・ストリート」はバンドとして次第に成長していく。それにつれて彼らのファッションもメイクも変わっていく。デビッド・ボウイ風、U2風、プリンス風etc、いけてなかった彼らが、周囲の生徒からも一目置かれるようになっていくのが、リアルだしすごくおかしい(笑)。
さえないもてない学生生活からの一発逆転にはバンド! これは日本でもアイルランドでもいつの時代も変わらぬ「真理!」なのだなと懐かしい気持ちになってしまう。(ちなみに私は、そんなバンドマンを指をくわえて眺めてたさえない学生生活を送っていた)
最も、そこはアイルランドの厳格なカトリックの高校、神父の校長に腕づくで洗面所でメイクを落とされてしまうのだけれども・・・。
なぜこの映画はこれほど生き生きしているのだろう。それは、この物語が監督のジョン・カーニーの自伝でもあるからだ。自身も元はプロのミュージシャンであり、そして80年代のミュージシャンたちに大きな影響を受けてダブリンで育った。そして、彼自身に音楽を手ほどきしてくれたのが、この映画のように兄だったのだという。(前作が完成する前に亡くなってしまったそうだ)
そんないろいろなものが詰め込まれているからこそ、この映画には音楽そのものの素晴らしさや、曲をつくり、演奏することへの愛にひたすらあふれている。そして見る人を幸せな気分にするのだろう。
ただ唯一思うのは、もはやこうした80年代的なミュージシャンとしてのサクセスストーリーは失われてしまったということだ。CDは売れず、一流のミュージシャンですら音楽活動を続けていくのは厳しい。
そしてアイルランド映画といえば、カトリック、貧乏、DV、移民というお決まりのテーマが描かれるが、実は1人当たりのGDPは21世紀に入りEUの中でルクセンブルクに次いで2位、日本よりはるかに「豊かな国」になっているという現実がある。(2015年の統計では、アイルランドは5万1千ドルで世界9位、日本は3万2千ドルで世界26位)
もはやこの映画で描かれるような現実は存在しないのかもしれない。そういう意味では、やはり懐かしく、リアルだけれども、この映画はもはや失われた「ファンタジー」なのかもしれない。でも、映像と音楽の魔法で極上の「ファンタジー」の世界を垣間見せてくれるのが「映画」だ。だから私は性懲りもなく飽きずに映画を見続けるのだろう。