今年2月、ある女性が匿名のブログに書き込んだ「保育園落ちた」の記事が話題を呼び、国会でも待機児童問題をはじめ、女性の働き方や社会保障制度、保育士の給与問題などに言及する突破口となったことは記憶に新しい。
上智大学では22日、女子大学院生らが中心となり、SNSなどを利用して呼び掛けた「保育園落ちた!選挙攻略法」と題したイベントが開催された。参加したのは、子育て世代の女性など約120人。ベビーカーを押して会場に入ってくる女性の姿も見られ、会場のすぐ隣の部屋では、託児も用意されていた。
第一部に登壇したのは、2008年に『乳と卵』を出版、芥川賞を受賞した川上未映子さん、ジャーナリストの治部れんげさん、上智大学法学部の三浦まり教授の3人。
川上さんは、出産後、出産と子育てをつづったエッセイを出版。多くの共感の声が、子育て世代、また子育てを終えた女性からも寄せられたという。一方で、「どうしたら『ハッピー』な子育てができるか?」といった質問も多く寄せられた。
これに対して、「子育ては、とにかく『しんどい』『過酷』『孤独』である。ママになった芸能人がブログなどを通して楽しく子育てをしている様子を見ると、自分が置かれている現実とのギャップに絶望する人も多いのでは。そんな時は、一度、『ハッピー』という言葉を外して、目の前にある苦しみ、悩みを解決することから始めてみることが大切。とにかく、情報とのギャップに無駄に落ち込むこと、自分自身を責めることはやめてほしい」と育児中の母親たちにアドバイスとエールを送った。
男性の育児参画について、「社会構造を変えるには、まず家庭から。自分も、男性が多く目にする雑誌で連載をしているが、そのような場でも少しずつ訴えていきたいと思う。しかし、現在は待機児童問題が深刻化、保育園を作ろうとすると『子どもの声がうるさい』と地域から声が上がる世の中。どこから手をつけてよいのか、自分の書いていることは、『焼け石に水』ではと思うこともある。それでも、自分の信じたことは、声を上げて訴えていくことは大切」と川上さんは話した。
幼稚園生と小学生の子育て中だという治部さんは、「すでに保育園云々といった子育て時期を過ぎているが、あまりにも保育園に入れないお母さんたちが周りにも多くいることに気付いた」と話す。
経済誌記者として16年間「永田町」を見てきたという治部さんは、「永田町へ行って直接、議員に訴えるロビー活動をしてみてほしい。経済記者をしていて感じたことは、議員の頭の中は、声を上げない国民より、ロビー活動に来る団体や企業の役員のことの方が優先順位が高いということ。日本の女性は、もっと声を上げるべき!」と話した。
また、半世紀ほど前に「個人的なことは政治的なことである」と言われた言葉を引用し、「半世紀たっても、なおこの言葉が私たちの生活に浸透しないのは、社会的構造に原因のいったんがあるのでは。芥川賞作家の川上さんでさえ仕事と家庭の両立に悩むという社会は、どこかおかしい」と訴えた。
三浦教授は、「日本社会は、母親の犠牲の上に成り立っていることを忘れてはいけない。日本の女性は、かつて意外と我慢強かった。夫の言うことを忠実に守り、家族のために何もかも犠牲にしてきた。こんなに母親に頼る国が、他にあるだろうか」と話した。
また、無痛分娩が欧米では主流なのに対し、日本ではなかなか普及していかないのも、社会構造と直結しているのだという。「痛みに耐えてこそ母親になる」といった病院や家族からの押し付けがいまだにある。
「無痛分娩は、女性のワガママ度を測るリトマス試験紙ではない。待機児童問題にしても、『待機児童ゼロ』は、2000年初頭、小泉政権時代にすでにうたわれていたにもかかわらず、15年以上たってもまだ解消されない。それは、『母親が社会に出るのを我慢すればいい』といった『母親の忍耐』に頼る構造があるからこそ」と話す。
第二部のパネルディスカッションには、民進党政調会長の山尾志桜里氏、日本共産党副委員長の田村智子氏が登壇。山尾氏は、国会内で「保育園落ちた」のブログを取り上げた議員として、ニュースでも多く取り上げられた。
山尾氏はディスカッションの冒頭、国会でこのブログの発言を取り上げた理由について「事務所に19歳の女子大学生がいる。『私もいつか子どもを産みたい! しかし、今のままでは、安心して仕事をし、子どもを産むことができない』と訴えていた。このことがきっかけだった」と話した。
また、「ネット上では、このブログを拡散してくれたたくさんの方々がいる。国会前にデモに来てくれたお母さんたち、署名をしてくれたお母さんたちもいる。私は、たまたま国会という場で、皆さんの声を届ける役目だった。『声を上げれば、政治は動く』といった体験を皆さんと共に作っていきたい」と訴えた。
田村氏は、「3月、保育園問題について国会で取り上げた。その際、多くのお母さんたちの声を聞き、調査をした。ちょうどその頃『保育園落ちた』のブログが話題となっていた。この動きは、大きく政治を揺るがしたと言える。しかし、これを一過性のものにしてはいけない。今の政治の根っこから変えなければいけない」と話した。
参加者からは、「こうして聞いていても、まだ政治が遠く感じる。今日、この場に来られた母親たち、国会前にデモに行ける母親たちはほんの一握り。今の政治に違和感を覚えながらも声を上げられない、声を届けられない母親の声をどう吸い上げていくのか」といった質問に、田村氏は「お母さんたちのネットワークは、計り知れないほど大きい。そうしたネットワークを生かして、それぞれの地域で小さな集まりをすることが大切。そして、そうした集まりにも足を運んで、声を聞きたいと思っている議員はたくさんいる。自分もその一人」だと答えた。
この日の総括として、三浦教授は、「選挙は、ある意味『テスト』。テストの答えを教えることはできないが、攻略法なら少々ある。一つは、選挙は福袋ではないということ。中身が何か分からないのに、名前だけ、政党名だけで投票してしまうのは危険。福袋の中身、つまり政策やマニフェストなどを読んだ上で判断してほしい。保育園問題は、おそらくどの政党も取り組む姿勢を見せると思う。しかし、よく見ると本気度が違う。その辺りを見極めてほしい。もう一つは、私たちの声を聞く政治家であるか否かということ。私たちが声を上げれば、それを聞いてくれる人であるということは、非常に大切」と結んだ。
同会を主催した同志社大学大学院の對馬果莉(つしま・かり)さんは、「保育園問題をめぐる『しんどさ』は、政治に直結しているのだとあらためて感じた。だからこそ次の国政選挙で意思を示さなければならない」とイベント終了後のインタビューに答えた。