精神障がいがある兄と向き合う妹の姿を描いた映画『かがみ』。ルカの福音書の御言葉「貧しいものは幸いです。神の国はあなたがたのものだから」をベースにし、障がいがある人と「共に生きる」とはどういうことかをドキュメンタリータッチでつづった作品だ。現在、全国各地のキリスト教会を中心に上映展開をしており、口コミなどで徐々にその感動が広がっている。この映画の監督で、ロゴスフィルムを主宰する齋藤一男さんに話を聞いた。
ドキュメンタリータッチでありながらフィクション。これは『かがみ』の大きな特徴で、主役の兄をはじめ、教会の牧師、信徒、障がいがある人の仲間など、そのほとんどが実際の人物を起用したために可能となった。見る人に大きな感動を与える要因の一つだといえる。齋藤さんは、「演技はしているが、ドキュメンタリーであること」にこだわる。それは、内面にあるものを表現したい、真実をありのままに伝えたいという齋藤さんの強い思いによるものだ。
齋藤さんは、大学卒業後、一般の映像製作会社に就職し、そこで現在の映画に関する技術を身に付けたという。しかし、そこでの映画製作に対する商業的な考え方や組織の息苦しさは、齋藤さんが抱く「映画作り」とはかけ離れたものだった。「このままでいいのか」という思いの中で、妹の死が知らされた。精神的な病気にかかっていた妹をずっと理解できずにいた齋藤さんは、「なぜ自分は妹のことをもっと分かってあげなかったのか」という自責の念にかられ、家に引きこもるようになり、その生活が1年間も続いたという。
ようやく外出できるようになった頃、知人の映画に出演していた女優で、後に齋藤さんの妻となる奈央子さんと出会う。「彼女の中の光にひかれた」と齋藤さんはこの時の印象を語る。クリスチャンである奈央子さんとの出会いは、齋藤さんの人生を大きく変えた。齋藤さんは、奈央子さんを通してキリストの愛を知り、信仰を持つことになる。そして、奈央子さんの中にある神を表現したいと思った。この時、自分が本当に撮りたい映画を初めて見つけたという。
「自分はずっと死んでいた。それが、信仰を持ったことで生きることができた。映画作りは神様からの賜物だと思っている。だからこそ、神様に喜ばれる映画を作りたい」と映画製作に込める思いを語った。
キリスト教的価値観に基づいた映画製作を目指すロゴスフィルムを設立したのは2004年。第1弾として『光と闇』、続いて『いのちの水』『かがみ』を発表してきた。
ロゴスフィルムでは、結婚式の撮影やVP製作、イベント収録など、映画製作の資金作りのためにさまざまな活動をしている。中でも特筆すべきは、齋藤さん自らが知的障がいがある人たちのグループホームや福祉作業所などの福祉施設で働いていることだ。監督業と福祉施設での仕事というと共通点を見いだしにくいが、実はここには神の深い計画が備えられていたという。齋藤さんは現在、ロゴスフィルムで4本目となる長編映画を撮影している。この作品の主人公こそ、この福祉作業所に通う男性なのだ。『はたらく』という題名のこの作品は、主人公の男性を中心に、知的障がいがある人の働く姿を通して、見る人に「働く」とはどういうことかを問い掛ける内容となっている。
『はたらく』は、「劇中劇」という手法で撮影されている。知的障がいがある主人公と監督が一つの映画を試行錯誤して撮りながら、物語は進んでいく。齋藤さんは、「基本的にはドキュメンタリーの撮影スタイルだが、出演者の思いを自分の作品の趣旨と重ねるため、本質的にはフィクションになると考えている」と話す一方で、「現在撮影していても予測できないことが次々起きているので、今後どんな展開になるか分からない」と製作の難しさも明かした。
今回「働く」ことをテーマにした理由については、「知的障がいのある人が選択肢のない中で仕事をしている姿を現場で目にし、障がいがある人の限界を感じてきた。しかし、どんな人間にも限りない可能性が神様によって備えられているはずで、その可能性を映像で引き出せないかと思ったから」と話す。「この映画によって、知的障がいがある人の素晴らしい才能や個性を多くの方に知ってもらい、その才能を生かしたいと思う人が起こされてほしい。障がいがある人や、日々生きづらさを抱えた全ての人を励ましたい」と作品に対する思いを語った。
「この作品は、自分が福祉施設に携わることがなければ生まれなかった企画だった」と齋藤さんは断言する。一緒に生活を共にし、その行動を観察することで、障がいがある人の内に秘めた力を感じ、それを映像にできるのではないかと思えたという。「一見関係のないところにこそ、神の恵みが備わっている」と話した。
齋藤さんは、映画製作と並行して知的障がいがある人たちと関わって7年になるという。『かがみ』の主人公も統合失調症を実際に患う青年だった。主人公が教会の中で信仰を持つようになる過程は、地域の中で障がいがある人を受け入れようと祈っている教会の励みになるのではないかと齋藤さんは話す。また、この7年の間に福祉とは何かについても考えるようになったという。「どんなに立派な施設を作ったとしても、お互いの歩み寄りがなければ本来の福祉とは言えないのではないか。教会は、誰一人完全な人はいないということを普通に受け入れてくれる場所。地域の教会こそ福祉にふさわしいのではないか」と自身の作品には欠かせない教会への期待も語った。
齋藤さんは、フランスの映画監督フランソワ・トリュフォー(1932~84年)の作品を見て「映画で自分を表現することができる」ことに感動を覚え、映画の世界に興味を抱くようになった。しかし、現在は「自分を表現する」ことよりも、「イエス・キリストを体現する」映画を撮りたいという。
現在撮影中の『はたらく』は昨年4月から撮影が始まっているが、ワンシーンごとに順番に撮影し、撮影後に次のシーンをどうするか決めていくスタイルで、かなりの忍耐と時間を要する。完成は来年中を予定している。齋藤さんは、「自分はわがままで我慢が効かないところがある。でも、神様が必要とされる試練ならいつでも受け入れる」と神への信頼を語った。
現在ロゴスフィルムでは、『かがみ』の上映会、鑑賞会を企画してもらえるキリスト教会および関連団体を全国から募集している。少人数での鑑賞も可能とのこと。サンプルDVDも用意している。詳しくは、かがみ上映委員会(ロゴスフィルム内、電話・FAX:042・458・0712、メール:[email protected])まで。
■ 映画『かがみ』予告編