埼玉県加須(かぞ)市にある福祉作業所「ワークスみぎわ」。木工品の製作を通して、知的障がい者に自活のための職業訓練と生活訓練の場を提供し続けている。今年で設立20周年となる同作業所を訪れ、これまでの活動や今後の働きについて話を聞いた。
ワークスみぎわは、キリスト教精神を理念とする社会福祉法人「一麦(ひとむぎ)福祉会」が運営しており、法人設立以前の「ワークハウスみぎわ」時代の10年を合わせると、今年で実質30周年となる。現在は、障害者総合支援法に基づいた就労移行支援・就労継続支援B型の多機能型作業所として運営されている。
一麦福祉会前理事長の丹羽章氏は、日本の社会福祉の先駆者で、東京家庭学校、北海道家庭学校の創始者として知られる留岡幸助(1864〜1934)の三女・静の長男。丹羽氏は、アジア学院理事長なども務めていたが、2012年に心筋梗塞のため死去。現在は日本キリスト教会南浦和教会長老の尾谷則昭さんが理事長を務めている。この日は、尾谷さんと、ワークスみぎわの施設長兼事務長である遠藤博幸さんに話を聞いた。
作業所であるワークスみぎわの隣には、作った木工品を販売する店舗「まきば」がある。店内は、木工品がいっぱいに並べられ、木の良い香りに包まれている。毎年4月には「春の木工屋さん」というイベントを開催し、庭には露店も出すなど地域住民との交流の場となっている。
ワークスみぎわで木工品を作ることになったのは、創造的で、個人の能力に応じて作業工程を組めるためだ。また、設立時にメンバーの中に宮大工がいたことも一つの理由となった。現在、作業所の利用者は22歳~49歳の22人で、そのうち就労移行支援が7人、就労継続支援B型が15人となっている。
作業所では、図案のトレース、ジグソーでの切り出し、電気ペンでの描き込み、接着や研磨、塗装などの作業を、それぞれの利用者が分担して行っており、職員やボランティアは、作業がはかどるよう段取りや補助作業を主に行う。特に、最も技術を必要とするジグソーでの切り出しは、この日はある男性の利用者が全て一人で行っていた。尾谷さんは「彼はベテランです。誰も彼にはかないません」とその腕前を認める。
作業所の1日のスケジュールは、毎日規則正しい。午前9時までに出勤し、朝のミーティング、ラジオ体操、その後に午前の作業を行う。途中トイレ休憩を挟み昼食となる。ワークスみぎわにとって、この昼食は特別なものだ。作業所内の厨房で作られた食事を、全員が一緒に食べる。「毎日が愛餐会です」と尾谷さんは言う。
作業所の利用者はクリスチャンではないが、食べる前にお祈りをすることを忘れない。1カ月分のメニューをまとめて考え、毎日料理を作る栄養士の坂巻千枝美さんは、「毎日が楽してくて仕方がない。利用者の親御さんからの差し入れもあり、食材の不足は不思議なことにいつも補われる」と明るく話す。作業所の裏庭では数種類の野菜や果物を育てており、この日も採れたてのナスの天ぷらと、デザートにはもぎたてのプルーンがテーブルに上がった。
尾谷さんは、「給食センターなどに頼んでしまえば、コストをもっと安く抑えることができる。だが、先代からずっと続けてきたもので、利用者の心をつなぐ役割も果たしていると思うと、簡単にやめることはできない」と話す。公立の小中学校でも、給食は外部委託にする現代、昼食を自前で提供する施設は珍しいという。今年6月から通い始めたという利用者も、楽しみはこの昼食だと答える。お昼の時間は、ワークスみぎわで仕事をする利用者にとって大きな楽しみの一つであり、生活を心身両面で支える真の”糧”になっている。
午後の作業は1時から始まる。2時半のお茶休憩を挟み、3時40分に作業が終わり、掃除をして退勤となる。ワークスみぎわは、加須駅から車で15分ほどの農地も点在する住宅地にある。他の市町村から通所する利用者も多く、創設当時から駅と施設間をマイクロバスで送迎している。
ワークスみぎわで作られる木工品は、おもちゃ、実用品、装飾品といった小さなものから、レターラックや郵便ポスト、インテリア額といった大きな製品までさまざま。出来上がった製品は、福祉作業所で作られたものだから評価されるのではなく、一般の流通品と比べても十分に評価されるものを作りたいというのが、ワークスみぎわの目標だ。一つ一つに心を込めて作られた製品の質の高さは、こうした目標に向かって利用者が努力を続けてきた結果だと尾谷さんは話す。
ただ、これだけ技術を身に着けても、就労移行支援の利用者が就職できる受け皿となる仕事は、発泡スチロール箱の洗浄や、クリーニングの仕分けなどと、技術や熟練を生かせない木工とはまるで関係のない単純作業に限られているのが現実だ。遠藤さんは、「ここでできていたことが、よその職場でできるとは限らない。他に行き、そこの生活ペースでやっていくことは本当に大変なことなのに、国は現場を分かっていないと思う」と、やみくもに利用者を就職させて実績を作ることを求める国の問題点を指摘する。
この20年の間で、福祉事業の法制度も大きく変化した。最も大きな変化は、措置制度から契約制度に切り替わったこと。それにより会計基準も変わり、事務作業のためにどんどん忙しくなってきているという。さらに2013年には、「障害者自立支援法」が一部改正されて、「障害者総合支援法」となった。これにより、障がい者の範囲の見直しが行われ、知的障がいのある人だけではなく、精神障がいを患っている人も、ワークスみぎわを利用できるようになった。しかしこのため、これまでとは違う支援も必要になってきているという。
こういった法律の改正や社会的要請に応じながらも、ワークスみぎわでは、就労継続支援B型の利用者が「安定してここに通えることを一番に考え運営をしている」と遠藤さんは言う。変化を拒否し、急な予定変更を苦手とするため、スタッフはいつもと変わらないことを常に心掛けている。
また、作業中にトラブルが起こらないよう事前準備にも余念がない。遠藤さんは、「ここの利用者は、反応が本当に素直で、子どものように感じる。しかし、時間サイクルもしっかりしているし、作業はいつも真剣そのもの」と作業所での様子を話す。そして、「利用者にとっての良い環境とは、『同じことを維持すること』。これからもそのために、スタッフ一同で努力をしていきたい」と語った。
一麦福祉会では、利用者が安心して生活を継続できるよう、長期的なスパンで将来を見据えていく必要があると考え、現在「グループホームわかぎ」の建設準備を進めている。敷地面積約1220平方メートル(約365坪)、建築面積約220平方メートル(約66坪)、入居定員7人・短期入所1人を予定しており、2017年4月のオープンを目指している。
尾谷さんが今最も心に留めていることは、オープンのためのスタッフの確保であり、将来バトンタッチができる人材が与えられることだ。人には不可能に思えても全てを神に委ねて祈っていきたいと話す。また、「日本の教会は心の救いを第一とし、生活面をカバーするディアコニア(奉仕)の働きはあまり行われていないのではないか」と教会の現状にも触れた。「人間はパンのみで生きているのではないが、パンもなければ生きていけない」と尾谷さん。「地域の中で教会が関われることは、まだまだたくさんあると思っています。多くの教会はこれまで、幼児教育に関わる保育園や幼稚園を併設してきましたが、現在は『認知症カフェ』に取り組み始めた教会もあり、これからはディアコニアに着目した介護施設などを併設する教会があってもいいのではないかと思っています」と、教会が目を向けるべき可能性を語った。