原爆投下から70年目を迎えた長崎では、8日と9日の2日間、犠牲者のためのさまざまな祈りがささげられた。また、9日夜には長崎のカトリックとプロテスタントが協力し、「キリスト者共同平和アピール」を発表。核のない世界を訴えた。
(8日午後6時)
8日午後6時からは、原爆落下中心地公園(長崎市松山町)で、長崎県宗教者懇話会主催の原爆殉難者慰霊祭が行われ、約500人が参列した。
被爆した浦上天主堂から移築された原爆遺構を前に、キリスト教諸団体のほか、立正佼成会、天理教、神道、仏教、PL教団などの諸宗教の宗教者が祈りをささげ、献花が行われた。
(9日午前11時2分)
9日は、原爆投下時刻の午前11時2分、信徒12000人のうち8000人以上が死亡したとされる浦上天主堂(同本尾町)で黙祷がささげられ、追悼ミサが行われた。
(9日午後3時)
午後3時からは、日本基督教団長崎平和記念教会(同富士見町)で、長崎被爆70年平和記念礼拝が行われ、日本基督教団、バプテスト、ルーテル、インマヌエルなど、プロテスタント各派の牧師・信徒が共に祈りをささげた。また、長崎の諸教派の牧師のメッセージや被爆者の声を集めて、長崎キリスト教協議会が作成した『長崎被爆70年記念誌 平和への希望と祈り』も配布された。
(9日午後6時)
午後6時から浦上天主堂で行われたミサには、信徒ら1000人以上が訪れた。原爆で破壊された旧浦上天主堂のがれきの中から奇跡的に発見された、被爆マリア像が先頭に掲げられて入堂し、壇上にささげられた。
ミサでは、米国から来日したオスカー・カントゥ司教が説教。「アメリカ合衆国の司教団は、原子爆弾が投下された結果、ここで起こった悲劇と向き合い、日本の教会と連帯して、地球規模の核不拡散と軍備縮小を共に弁護します。『平和への挑戦』という1983年の司牧書簡の中で、米国の司教団は、『私たちの国が、1945年の原子爆弾投下に対する深い悲しみを表明するこができるような世論の環境』をつくることを約束しました。そのように悲しむことなしに、将来核兵器を一切使用しないための方法を見つけ出す可能性はないからです」とメッセージを発した。
(9日午後8時)
ミサ終了後、午後8時からは、浦上天主堂から平和公園(同松山町)まで、被爆マリア像を乗せたみこしを先頭に、たいまつを持った司祭、修道女、信徒たち1000人以上が歩く「たいまつ行進」が行われた。
全員が平和公園に到着すると、「たいまつではなく心に火をともし、キリストの平和を実現させましょう」の声と共に、この日最後の祈りをささげた。
そして、「今こそ、武力によらない、愛による平和の実現を」と訴える、長崎のカトリック、プロテスタントによる「キリスト者共同平和アピール」が、長崎キリスト教協議会委員長の藤井清邦牧師(日本基督教団長崎古町教会)と、カトリック長崎大司教区の高見三明大司教によって読み上げられた。
キリスト者共同平和アピール
今こそ、武力によらない、愛による平和の実現を!
「平和を実現する人々は、幸いである」(マタイによる福音5章9節)わたしたちキリスト者は、日本国民として先の大戦で、国の戦争政策に協力し、アジア諸国のおびただしい人々に、計りしれない苦しみと悲しみをもたらしたことへの反省を踏まえて、「永久に戦争を放棄する」と誓って70年歩んで参りました。しかし、被爆70年を迎える今年、わたしたちの国は重大な転換点に立たされています。また、フクシマにおいて再び被曝(ひばく)者を生み出し、今もなお多くの方々が、その苦しみの中にあるということを忘れてはなりません。
そこで、広島と長崎、そして全国、全世界のキリスト者の皆さん、また全世界の善意の人々に、次のアピールをいたします。
1981年2月25日、広島においてヨハネ・パウロ二世教皇は「平和アピール」を9ヶ国語で世界に向けて発表されました。教皇は、「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。」と語り始めて、次のように述べられました。「広島と長崎は、『人間は信じられないほどの破壊ができる』ということの証(あかし)として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。この二つの町は、『戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする』と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。」と。そして、「過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです」という教皇の強い確信を繰り返し述べられ、「平和祈念碑を造ることにより、広島市と日本国民は、『自分たちは平和な世界を希求し、人間は戦争もできるが、平和を打ち立てることもできるのだ』という信念を力強く表明しました。」と語られました。また「目標は、常に平和でなければなりません。すべてをさしおいて、平和が追求され、平和が保持されねばなりません。過去の過ち、暴力と破壊とに満ちた過去の過ちを、繰り返してはなりません。険しく困難ではありますが、平和への道を歩もうではありませんか。」と訴えられました。
この「平和アピール」に励まされ、勇気づけられて、人類最初の被爆地ヒロシマ、ナガサキのキリスト者は、被爆者に寄り添い、被爆者の願いである核兵器のない世界、戦争のない世界の実現のために、平和を求めて祈りつつ共に歩んできました。今年被爆70年を迎えますが、被爆者の願いは、いまだにかなえられていません。旧約の預言者イザヤは、「彼らは剣を打ち直して鋤(すき)とし、槍(やり)を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(イザヤ書2章4節)と記しています。この言葉は、国連本部の向かい側の広場の壁に刻まれています。主イエスは、「剣を取る者は皆、剣で滅びる。」(マタイ26章52節)と言われ、平和は武力によるのではなく、愛によってこそ実現することを教えられました。
1979年元日のカトリック教会「世界平和の日」のメッセージにおいて、ヨハネ・パウロ二世教皇は、「キリスト者は、平和のために日々祈っている人々の第一線にいなければなりません。キリスト者はまた“平和のために祈ること”をほかの人に教えなければなりません。」と訴えられました。
広島長崎のキリスト者の皆さんに呼びかけます。世界で最初の被爆地となった広島、そして長崎の教会は、耐えがたい悲しみと激しい痛みを担いながら、キリストの福音に導かれて、平和を祈りつつ今日まで歩んできました。
被爆70年を迎えた今、わたしたちの平和であり、希望の源である主イエス・キリストを見上げ、福音を世に証しし、主が示してくださった平和への道を共に歩みましょう。また、平和の実現のために新たに行動することができるように「憎しみには愛をもって、不正に対しては正義への全き奉献をもって対処できるよう、英知と勇気をお与えください。」と、共に祈りましょう。
全世界のキリスト者の皆さんに呼びかけます。主は「平和を実現する人々は、幸いである」と仰せになりました。主の御言葉に従い、わたしたち自身を主に捧げ、世界の平和を祈りつつ、共に歩みましょう。世界の善意の人々に呼びかけます。一人でも多くの人々が広島、長崎を訪れ、被爆の実相と向き合い、平和の実現のために祈ると共に、自分にできる限りの働きを始めてくださるよう呼びかけます。武力によって平和をつくることの限界を知り、互いに愛と信頼をもって関わりあい、共に歩み出していきましょう。
また、人間の制御し難い核の脅威は、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマのみならず、世界の各地に今なお存在しています。原爆(核兵器)も原発も、おなじ「核」です。人類と核は共存できません。
わたしたちは、被造物であるすべての「いのち」を守り、すべての人間が安心して生きることのできる環境を次の世代へと引き渡していく責任があります。核兵器のない世界に向かって、また脱原発のみならず、自然や環境、すべての「いのち」を保護し、守っていく責任を委ねられたものとして、勇気をもってこれらすべての課題に取り組む思いを新たに致しましょう。
最後にアッシジのフランシスコの「平和の祈り」が一同で唱和された。
※『長崎被爆70年記念誌 平和への希望と祈り』は500円で入手可能。問い合わせは、長崎キリスト教協議会(電話:095・823・6528、日本基督教団長崎古町教会)まで。