インド・コルカタにあるマザー・テレサの施設でボランティアをしていたときに、マザー・テレサ本人から神父になるよう勧められ、現在、山口県宇部市の教会で司祭として働く片柳弘史神父の講演会が4日、聖イグナチオ教会(東京都千代田区)で行われた。マザー・テレサを通して与えられた恵みと、マザー・テレサが残した言葉をもとに、隣人愛を実践するには、まず神の愛の中でありのままの自分を受け入れることが必要だと強調。その手掛かりを、会場いっぱいに集まった参加者に語った。
「あなたたちは、生きているイエスと出会っていますか」。片柳神父は冒頭、マザー・テレサが修道女たちに残した手紙に書かれていた言葉を紹介。「生きているイエスと出会い、その愛の中で自分自身をありのままに受け入れられた人だけが、貧しい人たちをありのままに受け入れることができる。隣人愛は、まず自分自身を愛することから始まる」と語った。
大学在学中に洗礼を受けた片柳神父は当時、「生きている神に会う」「神の愛に心が満たされる」といったことがよく分からなかったという。そんな時、マザー・テレサがコルコタで活動をしていることを知り、「マザーに会えば何かが分かるかもしれない」と、コルカタへ向かった。その人柄に心を揺さぶられ、「この人のそばにいれば、何とかなるに違いない」と思ったという。
マザー・テレサの口癖は「ビューティフル(美しく生きる)」。それは、神のため、人々のために自分の全てを差し出すことだった。そのマザー・テレサから、「あなたにとってビューティフルなのは、一生を神様にささげること。今すぐに神父になる決心をしなさい」と勧められた。しかし、すぐには決心がつかず、「自分には神父より向いているものがあるのでは」と迷った。その後、病気のため帰国するが、「神父は、自分がなりたいからなるものではない。神が呼んでおられるのなら、どんな困難があってもその道を進むしかない」と、神父の道に進むことを決めた。
「マザー・テレサに出会う人は、誰もが自分こそがマザーに一番愛されていると思い込んでしまう」と片柳神父。会場は同意するかのようにうなずいた。自殺願望を持ったあるオーストラリア人の女性が、マザー・テレサに会った途端、「こんなにも私のことを大切にしてくれる人がいるなら、死ぬのはもったいない」と立ち返ったエピソードを話し、「自分が本当に愛されているという実感こそ、救いの本質なのだろう」と語った。
この日、片柳神父は、マザー・テレサが遺言として残したいくつかの言葉にイラストを載せた映像と、片柳神父がコルコタで撮影したマザー・テレサの写真をスクリーンに映しながらメッセージを伝えた。最初に「あなたは、愛されて生まれてきた大切な人」という言葉を紹介。このことをマザー・テレサは、心の底からの笑顔と、力強く握りしめた手のぬくもりによって無言のうちに相手に伝え、愛の力で相手を立ち上がらせていくと話した。
マザー・テレサが残した言葉としてよく知られる「愛の反対は憎しみではなく、無関心である」については、「相手を見て関心を持つことで、愛が生まれ、愛が私たちを突き動かしてくれる。相手に関心を持てば、相手に対して何をすべきかおのずと分かってくる」と語った。また、自分の弱さや不完全さをさらけ出しても、愛してもらえると確信できる場所の重要性を伝えた。そうした場所が家庭であり、家庭から愛が始まる。家庭のような場所を提供することで、孤独な人々が救われると語った。
また、マザー・テレサは、貧民に寄り添い続けたその奉仕を、「私たちのしていることは大海の一滴でしかないが、それをやめればその一滴がなくなる」と例えていた。片柳神父は、「『大きな海』とは世界中の人々の愛が集まってできる『愛の海』のこと。一滴の愛が注がれなくなると、愛の海はその一滴分だけ小さくなってしまう」と言い、「どんな小さなことでも、続けることにこそ意味がある」と全ての奉仕の尊さを語った。
この日は、講演会で使った映像のイラストを手掛けたイラストレーターのRIEさんもあいさつに立った。カトリック教信者のRIEさんは、2012年のANA創立60周年機体デザインコンテストで優勝している。そんな才能あふれるRIEさんだが、以前うつ病を発症したことがある。療養も兼ね、東南アジアのボルネオ島を訪問した際、島の奥地の村人との出会いによって、「人って本当はこんなに温かいんだ」と分かり、あらためて生きていきたいと思うようになったという。
「私は神様の中の小さな鉛筆」と語るRIEさんは、ボルネオ島でもらった笑顔の温かさを他の人にも伝えたいと思い、絵を描き続けている。今回使われたイラストは、片柳神父の新著『世界で一番たいせつなあなたへ』の挿絵。全てを神に委ねることで心が温かくなり、笑顔になれると言うRIEさんは、「絵とそれにこめた思いが、響き合いながら人の心に届くことを意識して、これからも制作活動を続けていきたい」と笑顔で語った。
講演会のために横浜から来たという50代の女性は、「自分はクリスチャンではないが、マザー・テレサをとても尊敬している。身近なところで一緒に過ごした片柳神父から、これまで知らなかったマザー・テレサの話を聞くことができ、本当によかった」と感想を述べた。