ケニア教会協議会が弔文、治安体制に忠告
ケニア教会協議会(NCCK)は3日、同国東部にあるガリッサ大学が、イスラム過激派組織「アルシャバブ」に襲撃され、学生ら148人が殺害されたことを受け、犠牲者に対する弔文を公式サイトで発表した。
NCCKは弔文で、この襲撃事件について「将来を約束されていた多くの若くて罪のない命を短く断ち切ってしまったという、実に悲劇的な事件」だと述べ、「多くの人たちがさまざまな病院で重傷の手当てを受け、多くの家族がトラウマ状態になってしまった」と嘆いた。
また、「この悲しい事件を受けて、私たちは神がご遺族に力と慰めをお与えくださるよう祈る。私たちの心、励ましと早期の回復を願うメッセージを、病院で手当を受けている人たちに送る」と述べた。
NCCKは、今回の事件を「凶悪な行為」と強く非難する一方、治安当局のこれまでの対応を評価。「襲撃犯たちへの早い対応がなければ、恐らく話は変わっていただろう」と付け加えた。
また、事件がイースター(復活祭)のほんの数日前に発生したことに触れ、「盗み、殺し、そして破壊しにやってくる悪魔とちょうど同じように、(事件の)責任を負う者たちが、キリスト教の暦におけるこの非常に重要な行事をやめさせようと出てきたことは明らかだ」と断言した。
NCCKは、「ケニアの宗教団体は、テレビで放送された血だらけの映像によってひどく乱されつつも、私たちの国の治安部隊がガリッサでの活動を終えるにあたって、国民に平静を保つよう強く求める」と訴え、「ケニア国民は宗教的・政治的または倫理的な路線で分断されてはならず、たとえ敵対関係に直面していても不屈のままでいるべきである」と強く主張した。
しかし、NCCKは、「政府と治安の責任者たち全員は、私たちの国の体制のまさにどこが悪いのかという難しい問いを自らに問い始めなければならない」と提起。「私たちが信じるのは、わが祖国の治安の愚かさは体系的なものであり、私たちの国の治安体制の役人をただ変えるといったような表面的な解決であってはならないということだ。もし政府がケニア国民の生活について真剣であるならば、腐敗といったような国家安全保障を特徴づけ続けている無数の課題に、政府が向き合う時が来ているのだ」と忠告した。
また、テロとの闘いが地球規模のものであるとしても、各国が治安のために自らの手段を具体化する必要があると訴えた。その上で、「国際社会は、アルシャバブのようなテロ集団と対決するのを助け、彼らを完全に撲滅するべきである。ケニアは、血に飢え乾いたテロリストたちの手によって、もはやこれ以上人を死なせる余裕はないのだ!」と述べ、「神がケニアを祝福してくださるように」という祈りで弔文を結んだ。
ケニア聖公会大主教「犠牲者の死、無駄にはならない」
また、ケニア聖公会のエリウド・ワブカラ大主教は3日、事件を受けて「イエスの十字架のそばには、その母が立っていた」(ヨハネ19:25)と題する牧会書簡を発表した。聖公会の英文サイト「エピスコパル・カフェ」が同日に伝えた。
その中でワブカラ大主教は、「マリアは目の前の恐怖にもかかわらず逃げなかった」「(イエスの死で)話は終わりではない。十字架におけるイエスの死は無駄ではない」として、アルシャバブによって殺害された人々の死は「無駄死ににはならない」と述べた。
その上で、ケニア政府に国民の命を守るよう求めるとともに、世界に対し「今回の非道な行為は、ケニアだけに対する攻撃ではなく、世界平和に対する襲撃の一部だ。世界がこれまでになく一致団結してこの増大する脅威を打ち負かす時が来た」と訴えた。
また、「各国政府に決定的に重要な役割がある一方で、さらにもっと重要なのは、一般の人々の心と頭だ。私たちは、死と破壊を誇りとする者たちに対して、自国も自らの信仰も決して放棄しないと、共に神のみ前に約束しよう。私たちは脅されても恐れない。なぜなら私たちは、死を栄光の門へと変え、私たちを永遠に神の子とする十字架の力、私たちの罪を赦す神のみ力を知り、信頼するからだ」とワブカラ大主教は結んだ。
東アフリカ長老教会「主が特別に覚えてくださるように」
一方、東アフリカ長老教会は4日、フェイスブックにイースターのあいさつ文を掲載。「聖木曜日にガリッサで起きたテロ攻撃の知らせで目が覚めたので、悲しいイースターだ。私たちは主がこの国を特別な形で覚えてくださるよう祈り続ける」と記した。
また、「この問題で大きな打撃を受けた私たちの兄弟姉妹たちと共に立つために、連帯の印として、災害や同情疲労、トラウマに精通している私たちの教会の牧師たちは、政府によって災害受付が設置されているニャヨ・ナショナル・スタジアムに向かうだろう」と述べた。
そして、「私たちが友人たちと共に立つにあたって、どうか祈ってこのチームに加わってほしい」と呼び掛けた。