単立・東京中央教会(東京都新宿区)で、12日から14日にかけて開催された第17回断食祈祷聖会では、2日目の13日、ハーベスト・タイム・ミニストリーズ代表の中川健一牧師が講演を行った。
「再臨に備えて」というテーマで講演を依頼された中川牧師は、「2時間もあるからスロースピードでいきましょう」と、どの教会から来た人でも意味を理解することができるように、テサロニケ人への手紙第一4~5章を取り上げ、聖書講解というアプローチから終末論を論じた。
終末論に関しては、教団・教派によってさまざまな立場が存在するが、キリスト教の救済が個人レベルにとどまるものではなく、この世界とその歴史を包括するものである以上、終末論が明確でなければ聖書信仰は完全とはいえない、と中川牧師は語った。
中川牧師は自身の立場を、以下の通り、4つのポイントから明らかにした。
- 聖書の言葉を字義どおりに解釈する・・・聖書は誤りなき神の言葉という前提に立ち、書かれているとおり、自然に解釈する。比喩的に書いているならば比喩的に受け取り、自分がどう読むかではなく、著者の意図をくみ取りつつ理解する。
- 「イスラエル」と「教会」という言葉を区別する・・・イスラエルを霊的に理解して、クリスチャンと置き換えて捉えたりはしない。
- 神がイスラエルと結んだアブラハム契約(創世記12章)は無条件契約であり、いかなる理由があろうとも取り消されることはなく、これからも成就し続ける。異邦人の救いは、創世記12章3節に約束されている。
- 聖書が書かれた目的は神の栄光を現わすためである・・・神の栄光とは、神の約束は100パーセント成就するということであり、神の言葉どおりに動く歴史そのものが、神の栄光の現れである。
テサロニケは、パウロがマケドニヤに向かう第二伝道旅行の途中で、わずか3週間ばかり滞在した場所。テサロニケの教会は、パウロから直接教えを受けた異邦人教会の一つであり、非常に終末論に関心を持っていた教会だ。
しかし、一部の人たちが「携挙はすぐに来る」と、極端な論に走っていたことから、その誤解を解き、不十分な理解を補うためにテサロニケの信徒への手紙が書かれた。携挙は、イエス・キリストの空中再臨時、クリスチャンが空中に引き上げられて主イエスと会うことを指す(地上再臨とは異なる)。
旧約聖書と新約聖書を詳細に開けば、携挙が起こった後にどのようなことが地上で起こるか、大患難時代と呼ばれる時代の出来事は、おおよその年月まで高い精度で予測が可能であるが、ターニングポイントとなる携挙がいつ起こるのかは父なる神だけが知っている。だから、携挙がいついつ来ると言っている人はそれだけで偽預言者だ。だが、確かなことは、いつの時代にあっても携挙は近いということであり、それは今日起こるかもしれない出来事なのだ。
終末論を語る上で最も重要なのは、この教理の適用が「慰め」であることだ、と中川牧師は語る(1テサロニケ4:18「こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい」)。もし、クリスチャンが大患難時代を通過しなければならないとしたら、それはなんの慰めにもならない。クリスチャンは大患難時代を通過しない、その前にキリストが迎えに来てくださる、という希望こそが終末論の本質なのだ、と中川牧師は語った。
1テサロニケ5章16~18節にある、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」は、非常に有名な言葉だが、終末論的真実を理解した上でのみ、心の底から受け取ることができる言葉だといえる。どのような苦しみ、悲しみに合おうとも、終末に希望を抱いて待ち望むことができてはじめて、揺るぐことのない御霊の喜びを得ることができるのだ。
だからこそ、その携挙にあずかることができるように、性的純潔を守り、兄弟愛を実践し、仕事に身を入れて歩むことが勧められている。教会に通っているから大丈夫だとは限らない。「地域教会には本物も、偽物もあります」と中川牧師は話す。
体験主義的・現象的・主観的な信仰を追い求めるだけでなく、御言葉を本当に理解し、その全貌を知り、聖書の世界観・価値観で生きられるようにしなくてはならない。携挙や終末論をしっかりと語り、希望を宣べ伝え続ける聖書的なキリスト教会でなくてはならない、と中川牧師は力強く語った。
講演後には、参加者からの質問も数多く寄せられた。今回の断食祈祷聖会のテーマ「日本宣教の夜明けを信じて」にちなみ、「日本のリバイバルはいつ起こるのか」「児童伝道のあり方はどうあるべきか」との声も上がった。中川牧師は、「韓国は祈る教会、台湾は賛美の教会といわれるが、日本は学習塾型の教会が向いていると思う。聖書の言葉の解き明かしによって、聖霊が豊かに働かれ、リバイバルにつながると思う」「まずは、各家庭で、日常生活の中に聖書をいかに取り込むかが大事。親が行動をもって神を恐れて歩むことを示す必要がある」と答え、聖書を土台に信仰を建て上げていくことの重要性を再確認した。参加者は、それぞれの質問ごとに、「日本のリバイバルのため」「日本の各家庭のため」「世界の異教徒の人たちのため」と、心を合わせて祈る時間を持った。
祈りの輪を広げる場、祈りの友を増やす場としても設けられているこの聖会。3日間にわたり、絶えずささげられた多くの祈りが、神の御前に確かに積み重ねられ、日本宣教を大きく支えていくことを期待したい。
■ 第17回断食祈祷聖会:1日目・2日目