ミレー展、ホイッスラー展、フェルディナント・ホドラー展など、関東にある美術館だけを見渡しても、現在、世界の名だたる芸術家たちの作品が数多く日本で公開されている。
この地球上には、三大美術館のメトロポリタン美術館(米国)、ルーブル美術館(フランス)、エルミタージュ美術館(ロシア)の収蔵品をはじめとして、いくら時間があっても、巡り尽くすことのできないほどに膨大な美術作品が存在する。
しかし、作品に触れることができるのは、何も美術館だけではない。現代では、映画館に行けば、映画『みんなのアムステルダム国立美術館へ』などの美術映画があり、スクリーンを通して国内外の美術作品を楽しむことができるようになった。
来年2月には、バチカン宮殿の中にあるバチカン美術館の作品が、日本の映画館に登場する。『ヴァチカン美術館4K / 3D 天国への入り口』。500年もの歴史をかけて歴代のローマ教皇たちが収集してきた作品、海を渡ることのできない作品が映画館にやってくるのだ。
「本物」ではないからつまらない、そう早合点しないでほしい。
「ゲキ×シネ」というプロジェクトがある。日本で人気の劇団「劇団☆新感線」の舞台を「まるで映画のように楽しめる作品」として、映画館で上映するという新しい演劇映像のスタイル。演劇は、本物の舞台を観に行くことに醍醐味があるはず、という固定概念を見事に覆したエンターテイメントだ。
俳優の汗や涙、感情の機微まで体感できるように計算された緻密な映像表現が、最新のデジタルシネマの技術を駆使することで可能となった。もしかすると劇場で観る演劇を超えるかもしれない、そんな臨場感を味わうことができると、大変好評だ。
ハイビジョンの4倍のきめ細かさを誇る最先端の4Kカメラで撮影された緻密な映像が、3Dでスクリーンに現われる映画『ヴァチカン美術館4K / 3D 天国への入り口』の魅力は、まさに「ゲキ×シネ」の目指すところに近い。
飛行機で10時間以上かけてバチカンに赴き、システィーナ礼拝堂に足を踏み入れたとしても、かの有名なミケランジェロの天井画「アダムの創造」は、20メートルもはるか上にある。だが、本作品では、その遠い距離をカメラが埋めてくれる。筆遣い、繊細な色、フレスコ画のひび割れが目の前に迫ってくるのだ。
バチカン美術館の起源といわれる、彫刻の庭に並べられた古典作品「ラオコーン群像」。高さ184センチの作品だが、カメラを通して眺めると、ひときわその存在感が大きく感じられる。通常、美術館では影が出ないように照明が当てられるが、本作品では、あえて暗闇の中で一方向からスポットライトが当てられている。光と影の効果で、彫刻の持つ艶、立体感がはっきりと分かる。
映像だけでなく、ナレーションの解説が観客の理解を深め、大理石を打つ音、砂の流れる音、立ち上る砂煙、彫刻家の息遣いといった、臨場感溢れるクリアな音響が、観客をはるか昔に連れ戻してくれる。
本作品には、古代ローマの芸術家から、ラファエロ、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ビンチ、ジオット、カラバッジョらルネサンス期の巨匠、そしてゴッホ、シャガール、ダリら近現代の芸術家の作品が登場する。
ギリシャ・ローマ神話を題材にしたものから、聖書の世界を表した作品まで幅広く登場するが、共通していえることは、どの芸術家も「神の完全性」を追求したということだ。人体の神秘や自然の美しさに、神を感じ取った彼らは、無から有を生み出した神に倣って創作活動に取り組んだ。
そんな彼らの手の業を見るとき、そこに神の業が確かに見え隠れする。芸術は、英語で「art」、つまり「人工」の意味を持つ。しかし、その「art」が手本にしたのは、「nature」であり、この天地万物こそが神の手による究極の「art」なのではないかと思わされるのだ。
500年以上前に2Dで描かれた絵画が、3D映像化されていることになんの違和感も感じないことが不思議でならない。だが、いつも、いつまでも変わらない普遍的な神を表した作品であるならば、時代が変わり、最先端技術のもとにさらされたとしても、色あせることなく見えるのは当然のことなのかもしれない。
本作品の最後には、ミケランジェロが聖書の黙示録を描いた「最後の審判」が登場するが、まさに、芸術作品には過去、現在だけでなく、私たちの未来までもが表れているようだ。偉大な芸術家たちの残した人類究極の美が目の前のスクリーンに広がるとき、想像を絶するような神の完全な美が垣間見えるかもしれない。そんな、かつてないまったく新しい芸術体験を、映画館でぜひ堪能してみてほしい。
映画『ヴァチカン美術館4K / 3D 天国への入り口』は、来年2月からシネスイッチ銀座ほかで3D公開される。