明治学院大学キリスト教研究所と「台湾の元『慰安婦』裁判を支援する会」は4日、同大学白金校舎(東京都港区)で、台湾の日本軍「慰安婦」被害者たちの回復への道のりを描いた映画『蘆葦(あし)の歌』を上映し、約80人が参加した。
映画『蘆葦の歌』は昨年、台湾で日本軍元慰安婦の支援を行なってきた婦女救援社会福利事業基金会(婦援会)によって制作された。この上映会の案内では、「沈黙し続けた女性たちが語り、笑顔を見せるようになった。『慰安婦』にされた女性たちが家族に支えられ、台湾・日本の支援者との交流を通しながら歩んできた最晩年の日々を丁寧につづったドキュメンタリー」であると説明されている。
上映会では、同映画の監督でクリスチャンの吳秀菁(ウ・シュウチン)氏(国立台湾芸術大学電影学系助理教授)があいさつ。映画名を「蘆葦の歌」とした理由について、「(旧約聖書の)イザヤ書42章3節にあるように、阿媽(アマー、台湾で「おばあさん」を意味する言葉)たちの力はどんなに弱くとも立ち上がる力があると考えてこの題にした」と語った。吳監督は、台湾の原住民の阿媽に会いに行ったが撮影を断られ、しかたなく撮った景色が蘆葦だったという。「これは神様の計画だと思った。阿媽たちはまだ美しくて純粋だということを神様は私に伝えてくれた」と吳監督は付け加えた。
婦援会の執行長である康淑華(カン・シュウファ)氏は、「阿媽たちは非常に重い傷を負っている。1998年から2005年まで日本政府を裁判で訴えて勝訴を勝ち取れなかったことは、阿媽たちの心に重い傷として残ってしまっている」としながらも、この映画について、「阿媽たちの最後の過程を撮ったもの。日本人たちをゆるし、自分たちをゆるす阿媽たちが描かれている」と述べた。
康氏によると、婦援会は、1990年代から活動を始め、日本に対する訴訟と、ワークショップを通じた阿媽たちへの心と体のケアという2つの目的を持って活動してきたという。
この映画の中でも、支援する会のあるメンバーは、「聖書にも、アベルの地が叫んでいる(創世記4・10)と書かれている。彼女たちの血が叫んでいる」と語っている。それにもかかわらず、この映画には阿媽たちの回復とゆるしが明るいトーンで描かれている。
中でも、阿媽の一人で原住民のイアン・アパイさんが、ある日曜日に教会で洗礼を受ける場面が出てくる。アパイさんは、マタイによる福音書1章を朗読しながら、信仰を通して人生のやり直しをはかるとして、「絶望から救われた。神の深い愛を知ったから」と語る。その後、アパイさんは2012年に召天した。
支援する会は、裁判が終わった後も名称を変えず、「台湾の元『慰安婦』裁判を支援する会」として活動を続けている。代表の渡辺信夫氏(日本キリスト教会東京告白教会前牧師)は、上映後のトークで、「アパイさんの両親はクリスチャンだった。アパイさんが父母と同じ道を歩んで生涯を終えたことで励まされた」と語った。
渡辺牧師によると、台湾総督府は原住民に対するキリスト教の伝道を禁じていたが、原住民は地下伝道を受けていたという。
「まだ解決していない日本の醜悪さを担っていく必要がある」と渡辺氏。「日本が危機的な時にこの『蘆葦の歌』という映画を観ることができたのは幸いだ」と語った。
渡辺氏は、「傷ついた葦を折ることなく、暗くなってゆく灯心を消すことなく、裁きを導き出して、確かなものとする」というイザヤ書42章3節の言葉に基づくこの映画の題名が持つ意味について触れた上で、「みなさんも一本の蘆葦である」と観衆に向かって語り、トークを結んだ。
今回の上映会は明治学院大学の授業の一環としても上映された。この映画を見た同大学のある男子学生は、上映後、「元慰安婦の人たちの思いを知ることができてよかったと思う」と感想を語った。
「(日本との)和解に向けて作られた映画なので、ぜひ多くの方々に見ていただきたいと思っている」と吳監督は言う。
『蘆葦の歌』が東京で上映されたのは、5月7日の東京のなかのZEROに続いて今回が2回目。吳監督によると、台湾では来年5月から上映される予定で、その後、DVDによる頒布やユーチューブの動画による紹介も考えているという。日本の教会で上映会を希望する場合は吳監督まで連絡してほしいとのこと。
なお、この映画にも出てくるアクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(東京都新宿区)では、7月3日(木)から11月30日(日)まで、アンコール企画として、「中学生のための『慰安婦』展+(プラス)」を開催中。詳しくは同ミュージアムまで。