二月のある昼下がり。久しぶりに開拓の労働が休みで、山に薪を取りに行った。そのころ私のポケットには、いつも新約聖書が入っていた。日だまりの中に座り、聖書を取り出して、いつものように読みはじめた。その時、一つのことばが目に飛び込んできた。
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」(ローマ10:13〜15)
この聖書のことばが心を捕らえ、私は引きつけられてしまった。電報配達をしていたので、意味もよく分かった。どんな立派な家でも、真夜中でも、「電報です」と叫べば、必ず出てきてくれた。「何だ。お前まだそんなに若いくせに。もっと学識のある者に電報を持ってくるように言え。俺は受け取らないぞ」などと言われたことは一度もない。持っていった内容がうれしい知らせなら喜んでくれたし、悲しい知らせの時は持っていくのも辛かった。
「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう」。良い知らせをまだ聞いたことのない人に知らせるのだ。主は今、呼んでいてくださるのだ。これが神の召しなのだという思いが来た。もう迷わなかった。十字架にいのちを捨て死んでくださったイエス・キリストに生涯を献げるのだ。その良い知らせを伝えるために、献身しようと決心した。
父に決心を語り、牧師に相談し、校長に会いに行った。まだ早い、何とかして高校の学びを続けるよう、みなに説得された。確かにそのとおりだとも思ったが、良い知らせを伝えたいとの思いのほうが強く、思い切って退学した。
牧師に推薦状を書いてもらった。父は別れの日、送別の讃美歌を歌わず読んだ。小さなトランク一つに聖書一冊と少しばかりの着替えを詰め、学生服を着たまま、靴も一足の着たきり雀で、献身の道を歩きだした。無謀とも思える決断だった。
西之表港から鹿児島に向かう連絡船上で、池田牧師の投げたテープをしっかり握り、遠くで手を振るガールフレンドにさようならを告げた。これから行く所がどんな所かも知らないで、ただ「良い知らせを伝える足」になろうとの思いだけの旅立ちだった。
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榮義之(さかえ・よしゆき)
1941年鹿児島県西之表市(種子島)生まれ。生駒聖書学院院長。現在、35年以上続いている朝日放送のラジオ番組「希望の声」(1008khz、毎週水曜日朝4:35放送)、8つの教会の主任牧師、アフリカ・ケニアでの孤児支援など幅広い宣教活動を展開している。
このコラムで紹介する著書『天の虫けら』(マルコーシュ・パブリケーション)は、98年に出版された同師の自叙伝。高校生で洗礼を受けてから世界宣教に至るまでの、自身の信仰の歩みを振り返る。