しばらくして帰宅した喜和先生が、「榮君、お昼からもう一度教会に来るようにと、ハモンド先生が言ってたわよ。洗礼をするそうですよ。私も受けるから。忘れないで教会へ行ってね」と言う。そして「あっ、それからね。何か着替えも持ってきなさいとも言ってたわよ」と言い足した。
「せんれい」がよく分からなかったが、ともかく三キロほどの距離を出かけた。「着替えを持ってきましたか?」と問われ、ないと答えると、ハモンド先生がズボンとシャツを貸してくれた。旧約聖書に登場するサウルのよろいを着たダビデのようになった。それから城ノ浜の海岸にみなで行き、バプテスマ式なるものをすると言う。どうもイエス・キリストを信じた人が受ける儀式のことのようだ。男は私だけだったので最初になった。ダボダボのズボンとシャツを引きずるように、遠浅の沖で厳粛な顔で待つ、ハモンド先生と牧師の前へ進んだ。
「あなたは天地の造り主、全能で唯一の父なる神を信じますか?」素直に「ハイ」と答えた。
「あなたはイエス・キリストが、あなたの罪のために身代わりとなり、十字架に死に、墓に葬られ、三日目に復活した救い主、主であることを信じますか?」数時間前に、信じたばかりだ。「ハイ」と答えた。
「あなたは西之表キリスト教会の教会員として、忠実に礼拝を守り、会員としての務めを果たすことを誓約しますか?」初めて聞くことだが、今さら引き返せない。「ハイ」。
「主イエス・キリストの御名によって、榮義之にバプテスマを授ける」と言うと、二人は私の身体を水の中に沈めた。驚いたの何の。「備えあれば憂いなし」だが、突然だったので、塩水は飲むし、アップアップで水の中から引き出された。岸に向かいながら、こんな恥ずかしい目に遭ったことは、だれにも知られないようにしようと、心に決めていた。
岸にいたクリスチャンたちが、「おめでとう」「よかったね」「感謝ですね」と祝福してくれた。だが自分ではあまりめでたいとは思わず、ただびっくりしたのと、寒くて早く着替えたいだけだった。
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榮義之(さかえ・よしゆき)
1941年鹿児島県西之表市(種子島)生まれ。生駒聖書学院院長。現在、35年以上続いている朝日放送のラジオ番組「希望の声」(1008khz、毎週水曜日朝4:35放送)、8つの教会の主任牧師、アフリカ・ケニアでの孤児支援など幅広い宣教活動を展開している。
このコラムで紹介する著書『天の虫けら』(マルコーシュ・パブリケーション)は、98年に出版された同師の自叙伝。高校生で洗礼を受けてから世界宣教に至るまでの、自身の信仰の歩みを振り返る。