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生命への畏敬―アルベルト・シュヴァイツァーの生涯(1)動物の苦しみ

2016年7月15日19時52分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷
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1875年1月14日。アルザスのカイザーベルクにある赤レンガ屋根の家に男の子が誕生した。父親は教区の牧師代理ルードヴィヒ・シュヴァイツァー、母親はアデーレと言った。母方の祖父シリンガーはやはり牧師で学校教師、オルガンの名手でかつオルガン製作者でもあった。

アルベルトは第二子であったが、生まれたときは虚弱で黄色い顔をしたひどく醜い子であった。生後半年がたつ頃、父はギュンスバッハの教会に牧師として赴任することになったので、母は美しい服を着せた赤ん坊を皆に見せたが、誰一人として目もくれず、おせじを言う者もなかったので、母は泣き出した。

しかし、子どもは生きながらえ、3人の姉妹と1人の弟と共に健康に育っていった。少し大きくなると、日曜日には父が牧する教会に出席したが、月1回午後の礼拝に読まれる南アフリカの宣教師カザリの手紙に心を動かされた。彼はこの地球上には多くの苦しみが満ちていることに早くから気付いていた。特に動物が人間の手から受ける苦しみというものに対してどう理解していいのか分からなかった。

そんなある日のこと。それは恐ろしい体験であった。アルベルトは、屠殺場に引いて行かれる足の悪い老馬を1人の男が前から引っ張り、もう1人が後ろから棒で打ちながらやって来るのに出会った。馬は通り過ぎるとき、潤んだ優しい目を彼に向けた。それは人間を恨むでもなく、憐れみを乞うでもなく、ただじっと苦しみに耐えている目であった。彼は身動きもできず、化石のようにその場に立ちつくしていた。

その晩、いつものように母親が一緒に祈りを唱えるために寝室に入って来ると、少年がすすり泣きをこらえているのを見た。

「どうしたの? アルベルト」。母は優しく尋ねたが、彼は何も言わなかった。友達とけんかをしたか、仲間外れにされたのだろう――と考えた母は、いつものように彼と一緒に祈りを唱えた。そして、「おやすみのキス」をしてから出て行った。その足音が消えると、彼はベッドの上に正座し、大急ぎで自分が作った祈りを付け加えた。

「愛する神様、全ての生きものをお守りください。彼らの痛みと苦しみを癒やし、安らかに眠らせてください」

この祈りは、彼が終生口にしたものであった。7歳になると、アルベルトは小学校に入学した。その頃には背も伸び、体つきもがっしりとしてきた。ギュンスバッハ村の子どもたちは皆貧しく、良い身なりをしている彼を「お坊ちゃん」と呼んで、特別な目で見ていた。

ある時、彼は仲間と取っ組み合いをし、自分より体が大きく強いゲオルク・ニッチェルムを負かした。すると、彼は悲しげに服についた泥をはたき落としながら言うのだった。

「お前みたいに週2回も肉入りスープが食べられたら強くなれるのになあ」。アルベルトは強い衝撃を受けた。(週2回の肉入りスープがそんなにぜいたくなことなのか。でもそれが、仲間の心を傷つけたのなら、もう二度と口にすまい)

その日から、どんなに両親がなだめてもすかしても、彼はスープに口をつけず、無理に飲ませようとすると喉につかえるようになった。

彼はまた、真冬に新しいコートを作ってもらった。しかし、友達が薄い上着で冬を過ごしているのを見ると、決してコートに手を通さなかった。

「せっかくあつらえてやったのに、何が気に入らないんだ!」。父は怒って彼の横面を張り飛ばした。それでも、彼はコートなしで教会に行った。それでとうとう両親は諦めてしまった。

8歳になったとき、彼はハインリヒ・フレッシュという友達と仲良くなった。彼はパチンコを作るのが得意だった。そしてある日、彼を誘いに来た。

「おいでよ。森に小鳥を射ちに行かないか」。彼は嫌な気分になったが、この友達に嫌われたくなかったので、ついて行った。ハインリヒはパチンコに石を挟んで狙いを定めた。そして、彼も同じようにするよう命令した。

(どうか小鳥に当たりませんように。)こう念じつつ、彼は同じようにして構えた。その時である。教会の鐘が高らかに鳴り出した。それは、小鳥のさえずりと共鳴しつつ、清らかな音色を響かせていた。それはあたかも「あなたは殺してはならない」と言っているように聞こえた。アルベルトは思わずパチンコを投げ捨て、大声を上げて鳥を追い立てた。

それから、怒り狂って彼を罵倒する友人をそこに残したまま家に戻った。この時、彼の心に「われわれには生きものを殺したり、苦しめたりする権利はないのだ」という掟(おきて)が刻みつけられたのであった。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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