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ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(11)アルコール依存症

2016年6月14日17時07分 執筆者 : 社会鍋100年調査隊 印刷
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アルコール依存症 回復支援とバザー
救世軍男子社会奉仕センター F井さん

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(11)アルコール依存症

救世軍のバザーは、一般の人々にも広く知られるようになり、多くの方が利用している。救世軍のバザーのそもそもの始まりは、アルコール依存症の人々の心身の回復と社会復帰を支援するのが目的だった。「救世軍男子社会奉仕センター」というアルコール依存症回復のための施設もあり、1969年7月の開所以来、もう40年になる。

依存症の回復施設の始まり

街頭生活をしていると、寒いためお酒も入る。そして、飲み過ぎるといろいろなトラブルが起こる。当時は、「アルコール依存症」という言葉さえもなかった時代だ。

「だから、なんでこの人はこんなに飲んで暴れたり、止めろと言っても飲んでしまうのかと不思議がられたのです」とF井さん。「アル中」と言っていて、まだ病気であるとは思われていなかったが、他の街頭生活者とは別に対応しなければいけないのではないかと、依存症の回復の施設の働きが始まったのだ。

海外にはすでに、アルコール依存症の人々の専門のリハビリテーションがあった。日本でも、断酒会という自助グループやさまざまな活動が始まりつつあったが、それがまだ浸透していない時代だった。

救世軍の責任者たちも、海外の様子を聞きながら方策を考えていた。そこで、救世軍が始めたのは、アルコール依存症の人々の専門のリハビリの働きだった。

「アルコール依存症の人たちが生活し、回復し、社会復帰していくための施設が必要ではないかと考えたのです」とF井さんは語る。「それとともに、救世軍には各地から寄贈品が送られてきていたので、それをどう利用するか検討する中で、これを整理して販売し、その収益をアルコール依存症の方々のための資金にしようということになりました」

バザーで人間関係を回復

開所以前、救世軍は、家のない人々や街頭生活者に、冬の間の宿泊場所を提供する働きをしており、東京の月島にある自助館という建物を宿泊場所にしていた。そこで、1969年に、この自助館の建物の裏庭にプレハブを建て、アルコール依存症の人々の専用の施設にした。そこで寝泊まりしたり、集まった寄贈品を整理したりするようにしたのだ。販売は、杉並区のブース記念病院の駐車場に茣蓙(ござ)を敷いて行った。

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(11)アルコール依存症
バザー場の様子
ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(11)アルコール依存症
「ときのこえ」禁酒号第1号(1917[大正6]年2月11日発行)「坊やの欲しがる物は父さんが皆徳利の中に入れた」

それが最初のバザーとなった。これが世間に知れ渡り、送られてくる品物もだんだん増えてきた。そのうちに駐車場ではなく建物の裏地で販売するようになり、それも広がり、今の場所にプレハブを建てて現在の形になったという。

こうして40年たつうちに建物も品物も広がってきて、バザーとアルコール依存症の人々の支援は、両輪のように並行してずっと行ってきた。

バザー場で作業している男性のほぼ全員が、アルコール依存症からの回復期にある、あるいは回復した人だ。ここでは作業療法として、実際に作業しながら回復していく方法をとっている。

アルコール依存症の人々は、体力の回復とともに人間関係の回復が必要だ。バザー場ではもちろん、依存症でない人々も働いているため、職場の人たちと会話や作業をしながら、協力して品物を整理して陳列していく。販売ではお客さんとの対話もある。

あるいは集荷で外に行って荷物を引き取ってくるときには、そこの人とのやりとりがある。対応の言葉一つをとっても、人間関係の回復や社会復帰のためにプラスになっていく。お客さんにもいろいろな人がいるため、時には意にそわないことや嫌なことを言われたりする。それを我慢し、ストレスをどう発散するか、それも対社会での自分の学びとして体得していくのだ。

「農作業も自然と触れられて良いかもしれませんが、社会復帰のためにはやはり対人関係が必要です。嫌な人もいて、そういう中でノウハウを身に付けていき、自分の心を養っていくこと。それが大切なのです」とF井さんは語る。アルコール依存症は、中毒性のものである。何らかのストレスがあると、不満からお酒に行ってしまうのだ。

一人一人の置かれているさまざまな環境があり、そこでの不満がお酒の方に行く原因となる。だから、医学的なものとともに、精神的なものに目を向けることが大切だ。

救世軍では他に、清瀬に自省館という社会福祉法人の救護施設がある。ここは重度の方々が役所からの紹介で入る施設である。アルコール依存症と同時に病気の合併症がある人が対象となり、肝臓とか糖尿とか、精神的な疾患を抱えているなど、長期的に施設を利用する人が多い。

しかし、杉並の男子社会奉仕センターは、社会復帰が目的なので、体力的にはまだしっかりしていて、社会復帰したいという人が来ている。この40年間に社会的にも、アルコール依存症の方々の授産施設やいろいろな施設ができてきたので、今はここにはそんなに多くの人はいない。

他の施設では、外にアパートを借りながら授産施設に通う場合もあれば、施設の中で集団生活をするケースもある。男子社会奉仕センターの一番の特徴は、やはりバザーを通して、体と心を動かしながらやっていくということ。結構体力は使うという。

救世軍のこの施設では、毎朝8時半から朝礼というかたちで、歌を歌い、聖書を読み、信仰的な書物を読んで話をする。仕事が終わったら、終礼といって感謝の言葉とお祈りをもって仕事を終える。これは、宗教というよりは、アルコール無しでいかに生きるかということを求めていくための方策だ。

自分で気付いてほしい

アルコール依存症の問題は非常に根が深いものだ。回復はあるが、一生完治しないともいわれている。例えば、2、3年お酒をやめていても、おちょこ一杯の酒が入るとたちまち元に戻ってしまう。

たとえ、10年でも20年でも、30年やめている人でも、「今日ぐらいはいいだろう」と言って飲んでしまうと、飲み始めたら止まらなくなり、30年前に戻るか、もっと悪くなってしまう。アルコール依存症とは、そういう病気なのだ。

「私たちの施設では、皆さんが100パーセントお酒を飲まないで生きていかれることが希望であり、それを願っています」とF井さん。しかし、やはりその確率は相当低いのが現実ではないだろうか。

施設ができて40年の間に、再飲酒(「スリップ」という)になってしまったという人も、やはりいることはいる。亡くなった人、スリップしてどこに行ったか分からない人、入院する人やその繰り返しの人もいるという。

ボランティア100年やってます―救世軍もつらいよ―(11)アルコール依存症
1991(平成3)年6月 第9回「アルコール問題業務研究会」を自省館で開く

「そういう失敗談を聞くときに、今施設にいる方や治療中の方には、自分で気付いてほしいのです。これは他人事ではないし、自分のことだと受け止めなければならないと思います。アルコールとはこういうものなんだと気を引き締めなければ、これの繰り返しになります。自分のこととして捉えていかなければ」とF井さんは強調した。

(文・社会鍋100年調査隊)

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ボランティア100年やってます

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